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第2話

 ピューピューと……風が鳴る  冷たい風に打たれていた  となりから、聞き慣れた声 「キス、……してみる……?」  囁くような、ささやかな、声が終わるか終わらないか  そっと、冷えてカサカサしたなにかが唇に触れた  目を開くと間近に、虹彩に緑の散った、茶色の瞳があった  ひどくまっすぐ見つめていた  ああ…………きれいだな……  クスッと片頬で笑ったくちもとに目が行く 「ひとりで頑張らなくていいよ」  そうかな。  頑張らなくていいのかな。 「そうだよ。おまえ真面目すぎ」  でも、俺がやらないと。  ひそやかに、ただ息を漏らしたかのように笑った気配がした  温もりが近づいてきて  肩を抱かれて  自分が冷え切っていたことに気づいた 「いいんだよ。泣きたいときは、泣いて、いいんだ」  くそ、こいつのせいだ  なんでそんなに優しいんだ  なんなんだよ  涙が溢れて  止まらない  止まらねえよ  ふっ……と、意識が浮上する。  ああ、気持ちいい……暖かい。  「……ぅ……」  声出ちまうくらい……気持ち…いい……ん?  「え」  視界には薄灰色の天井。横たわっている……ここは  ホールアンドオーツが流れてる、つまり芝草の店、で……そうだ、乾杯を何度もして気分良く酔い。  最近ちゃんと眠れていなかった。それで眠ってしまったのだろう。それは分かる。そこまでは覚えている。しかし  なんだ? これはなんだ?  混乱しながら目を下方に……足の方向へ向ける 「なに……してる」  股間に髪の毛が、いや髪の毛だけでは無く、つまり頭部が動いて、顔……が、見えた。 「なんだ、起きちまった?」  見慣れた明るい茶の瞳。 「……し、ばくさ…………おま」 「ちょっと、じっとしてろよ」  片頬だけでニッと笑った芝草は視線を下ろし、股間の屹立に目を細め、そこに顔を埋めた。  ヒュッと喉が鳴る。  急所を口に含まれてる恐怖。それもある。  だがそれよりなにより混乱した。  なぜだ? なぜ芝草がこんな……こと、して……が、まずい、気持ち良い。  包んでいた温もりが、離れ。 「萎えないな。気持ちイイんだ?」  はっきりと勃起しているモノへ、声と共に息がかかり、それにもピクンと反応してしまう。 「芝草っ」  上目遣いの目だけがこちらへ向き、すぐ瞼を伏せた芝草がくちを開く。  瀧澤の雄が、また、ゆっくりと含まれていく。  睨むように、そのさまを凝視してしまいつつ、指一本動かせなかった。  芝草に咥えられてる。そう分かったのに、萎える気配の無い我が息子にも焦る。 「くっ」  ピチャピチャと、粘るような水音。ホールアンドオーツのリズムに乗るように耳を打つそれ。股間で上下する、茶と黒の混じったような頭部。 「ふう、ん」  鼻を鳴らすような声を漏らしている、これが?  これが、いつも余裕の顔で笑んでいる気障な男前なのか? こいつがこんな顔をするのか? 本当におまえなのか芝草?  混乱。そして焦り。  焦りながら、しかし魅入られたように見つめていた。  芝草の巧みな舌技に、否応なく快感を覚えさせられ、ている。だが垣間見える表情はどこか真摯で、なんだか嬉しげで。  夢中でアイスキャンディーを味わう子供のような。 「なんでおま……くっ」  じゅるる、と派手な水音と共に強く吸い上げる感覚に、グッと持って行かれそうになって声が途切れた。  というかマズイ、本当にこの舌技すごい、ものすごく気持ち良い、くそっ!  それとも、このところ出してない、からか?  無意識に逃げ道を探そうとしつつ、行為を続ける頭部から視線を引きはがし、  見つけてしまった。  芝草の片手が、丸出しになっているケツに、自分のケツに伸びて、なにやら蠢いている。 「くっ」  下脱いでるのか? というか、おい、野郎のケツにしてはずいぶん……いや、なにを考えている、落ち着け。  必死に言い聞かせても、瀧澤の脳は正常解を返さない。  この快感と熱、肌にかかる吐息と鼻を鳴らすような声、そして妙に艶めかしい動きを見せる、白い尻……感覚と目の前の光景とが、突拍子もなさ過ぎてひたすら混乱している、という自覚だけはある。  が、その自覚だけではなにも……やはり混乱している。  迫り上がるように来る感覚に流されそうになり、いやこのまま射精するのはマズイだろうと、息を吐いて気を逃がそうとする。のだが。  どうしても、白い尻に目を奪われ……てしまう。  顔を埋める芝草の、頭部の動きが忙しなくなった。持って行かれそうな感覚に襲われ、思わず手が動いていた。  さっきまで、ピクリとも動かせなかった手が、芝草の髪に伸びて、そこをグッとつかみ、無理矢理持ち上げる。  名残惜しむよう吸いついていた屹立から、ようやく離れた唇は妙に赤く、ダウンスポットの光を受けテラテラ濡れて、ひどく艶めいて見えた。 (こんなに唇、赤かったか、こいつ)  妙な渇きを覚え、ゴクリと喉が鳴る。  頭部がゆらりと揺れ、前髪に隠れていた目元が見えた。  伏せていた瞼がゆっくりと上がる。  灯りを受けると、茶色の虹彩に僅かに緑が散るのが分かる、芝草の瞳は、潤んでいた。 (ああ……きれいだな)  いつしか、同じ事を思ったような気がした。 「んっ」  芝草のきれいな顔が歪んで、目元に朱が昇った。後ろに伸びている腕、手は白い尻の狭間で、怪しく動く。 「芝草……」 「……なんか、萎えねえから」  掠れたような低い声。  はぁ、と熱の籠もった息を漏らし、妙に赤い唇を、赤い舌がぬらりとなぞる。 「その気になっちまった。悪いな」  また、ゴクリと喉が鳴る。 「そこまでのつもり、無かったんだけど……ま、もうちょい付き合え」  ゆらり、と身体を起こした芝草は、片手で前髪を描き上げつつ、顎を上げて片頬だけでフフッと笑う。  手を下ろすと前髪が、ふぁさ、と額に落ちる。  自覚あってわざとやってるのか、それとも無自覚か。ここまで壮絶な色気を放出してるのは。  呆然と見上げていると、シャツの前ボタンを外しながら立ち上がり、瀧澤をまたいで膝立ちになった。なにもつけていない下半身が露わになり、色濃い下生えの中心に、脈打つものがそそり立っているのに目を奪われる。  自分のモノと無自覚に比べてしまい、赤黒いそれが、なかなか立派なブツだったことに息を呑んだ。目の動きを読んだらしい芝草は苦笑交じりに「ああ」と言いながら、片手になにか黒っぽい布を持つ。 「見たくねえよな。こんなもん」  目を細め、呟くような声を漏らしたのと同時、視界が塞がれた。布が顔にかけられたのだ。 「萎えられちゃ困るし、目ぇ瞑っててくれ」 「おい……」  思わず抗議しようとした声を呑む。  見られるのが嫌なのだろうと判断したのだ。  いきなり好きなようにやられているのだが、相手は芝草で、警戒心など湧きようも無い。しかもかなり気持ち良い。  じっとしていると、手際よくペニスにゴムが装着されて、そのまま指が巻き付き、扱くように動く。濡れた音が耳を打って、潤滑のなにかを使おうというのか、などと考える。  ということは…… 「………おまえ…」  曲は、いつのまにか、ジェフ・ベックに変わっていた。

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