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第3話

 リビングに戻ると、乱雑だった部屋は綺麗に片付けられていて、食事――ご飯とみそ汁と玉子焼き――が用意されていた。 もうとっくに正午を過ぎているのに、まるで朝食のようなメニューだ。別にいいけど。  二人掛けのダイニングテーブルにスウェットを着た木之元が既に座っていて、俺を見ると捨てられた子犬のような目を向けてきた。 「アユム、座ってくれ。食べながら話をしよう」 「ああ。……言い訳、するんだっけ」 「そうだ。俺はあの女にはめられたんだ」  木之元は、昨夜は会社の同僚と飲み会だったらしい。普段はいくら飲んでも酔うことはないのに、昨日は飲んでる最中に急に気持ち悪くなって、先に帰ることにした。  その時一緒に飲んでいた後輩の女が、心配なので送りますと言ってくれたところまでは覚えていたらしいが、気が付いたら朝で、何故か全裸でその女とベッドに寝ていた――と。  ここからは俺の推測だが、昨夜はアユムも外出していて、今朝帰って来た時に女と木之元が裸で寝ていたところを目撃した。そしてアユムは出て行った。 「……まあ、100パー浮気してんじゃん?」 「だから、俺は全然覚えてないんだよ!それに俺は女じゃ勃たないって知ってるだろう!?浮気なんてできないし、ありえないんだよ!」  木之元は必死に無実を訴えてきた。 いや、初対面の人間のシモ事情とか知らないけど……。 「その女をアユ……俺と勘違いしたんじゃねえの?」 「アユムの方が美人なのに、間違うはずがない!」 「………」  なんか必死すぎて気持ち悪いな、こいつ。 アユムはいったいこの男のどこに惚れていたんだろう。ゲイのツボなんて分からないけど、夜のテクが凄いのだろうか。  ――と言っても、それを確かめる術はない。俺はこの先、木之元と寝るつもりはないので。 「とにかく、俺は絶対に浮気なんかしてない、信じてくれ!ベッドも買い替える」 「そこまでする?」 「当たり前だ。……それよりアユム、お前こそ昨日の夜はどこに行ってたんだ?大体アユムが家に居てくれたら、最初からこんなことは起きなかったんだ」 痛いところを突かれてギクッとした。自分のことすら分からないのに、昨日のことなんかが分かるはずがない。 そもそも俺は、アユムじゃないんだし。 「そ、そんなこと言われても俺にだって都合ってもんがあるんだし。責任転嫁すんなよ」 「友達なんかいないって言ってたじゃないか。まさかお前の方が浮気してるんじゃないよな?……そうだったら俺は、お前をもう二度とこの部屋から出さないぞ」 「ちょっと待てよ木之元さん。それって監禁じゃねぇの?」 「……木之元、さん?」 「あ」  つい普通に名字で呼んでしまったけど、もしかして愛称があったんだろうか。 でもそんなの知らないし、だいいち俺――『アユム』はまだ奴を許したわけじゃない。 アユムの方が浮気をしてなければ、だが。 「そんな他人行儀で呼ぶなんて、やっぱりまだ怒ってるんだな……」 「お、おうよ」 「話し方もなんだか変だし……」  ギクッとしたが、軽く受け流した。 「アユム、頼むから俺のことはいつもみたいにヒロって呼んでくれ。木之元さんだなんて、おまえからそんな他人みたいな呼び方をされるのは耐えられない……!」  木之元はアユムよりもだいぶ年上の癖に、堪え性がない。アユムは奴のそういうところが嫌いで出ていったんじゃないかと思った。 「……分かったよ、ヒロ」  溜息まじりにそう言ったら、木之元は心底嬉しそうな顔をした。 いい大人がこんな若造の言葉にいちいち必死に反応して、正直みっともないと思う。 それだけ、アユムのことが好きなのか。 「さっきは疑って悪かった、アユムは浮気なんかできるような奴じゃないのに」 「……おう」 「できるなら誰の目にも触れないところに閉じ込めて、俺だけのものしたいよ、アユム」 「キモい」 アユムに執着しすぎだろう。 木之元は、俺がアユムの姿をしてはいるけど、中身はアユムでないことを知ったらどうするんだろう。 今と変わらずにアユムを……俺を、愛するんだろうか? そうなったら俺はどうしよう。こんな奴、好きでもなんでもないのに。

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