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第8話

 アシールが意識を取り戻した時、太陽はもうすでに高く昇っていた。  目がさめると目の前に叔父の顔があった。我が子を見る母親のような眼差しに、気恥ずかしくなって目を逸らす。  頭にそっと手を置かれた。 「おはよう。俺のかわいいアシール」 「……おはよう、ございます」  声がすっかり枯れていた。 「ああ、ごめんな。今日は予定もないし、そのまま寝ていたほうがいい」  犬のように喉元を、それから唇を親指の腹に撫でられた。触れたところに唇が落とされる。短い朝の口づけ。  不自然な沈黙が横たわる。 「……次の儀式は明後日か。おまえを俺だけのものにしておきたいよ」  ぎゅっと抱きしめられてそう囁かれた。自分にとって儀式はもはやなんの意味を持つものでもなかったが、彼には違うらしい。 「あーあ、俺も幹部メンバーに入って正々堂々とおまえを抱けるようになろうかな。それで、中から改革とかしてさ」  儀式の時に自分を抱くことができるのは一族の中でもその運営に深く関わる幹部のメンバーだけだ。積極的に一族の運営に関わってこなかった彼には、もっとも縁遠い。 「あなたは家のことが好きじゃないでしょう。それに、メンバーになるまでにどれくらいかかると思ってるんです?」 「だってなあ、俺がおまえを抱いたら儀式なんてすぐ終わるだろ。みんな万々歳だ」  昨夜何度も達したことを言っているのだ。骨の髄まで溶けさせられた、あんな交わりを誰かに見られるなんて冗談ではない。昨日の自分はなんだか変だった。いつもの自分ではなかったような気がしたが、もしかしたらあちらが本当の自分なのかもしれない。今までの自分もあまり自分という気はしなかったから。  そんなことを思いながら、アシールは大げさにため息をついた。 「おまえは俺の提案がことごとく気に入らないな」 「どれも実現不可能な話ばかりだからです」  目の前の人にそっと抱きつく。 「別に、あなたがなにかしてくれる必要はないですよ。あなたは今までどおり痛いほど勃起させながら、ジジイたちに犯される僕を指を咥えて見ていればいいんです」  薄く微笑んでアントワーヌの顔を見上げる。 「それでも僕は幸せですよ。あなたが僕をずっと見ていてくれるなら」  ばつの悪そうな顔をしながら、彼は言った。 「それじゃあ今までと同じだろ…。本当は俺がやることじゃないのはわかってる。でもせめて、おまえに愛されるという体験をさせてやりたいんだ」  それはきっと、一緒に逃げようと言ってきたこともそうだし、昨日の抱き方でもそうだった。丁寧に丁寧に、彼はずっと自分は愛されているということを伝えてこようとしていた気がする。  優しく髪が撫でられて、またひとつ伝わってくる。 「……ありがとう」  そんな言葉がひとりでに転がってきた。  彼の瞳が驚きに見開かれる。  別に彼がなにもできなくても、そんなことはどうでもよかった。今は生まれてから一番、ものすごく幸福だった。だってこれから毎日、愛されるということを教えてもらえるのだから。 「おまえに感謝されることなんて、なにひとつない。本当はもっと真剣に考えなきゃいけないのに、おまえがこうやって腕の中に転がり込んできたのを喜んでいる、俺はずるい大人だよ」  そう言って、彼は自分の髪に顔を埋めるとキスをした。それだけで胸がいっぱいになる。本当にそれだけでいいことが、どうしたら彼に伝わるのだろう。  アシールは顔を上げると、彼だけが聞こえる大きさの声でそっと囁いた。 「あなたの優しいところが好きだったけれど、今はそういうずるい大人のあなたも、僕は本当に大好きですよ」  泣き出しそうな顔で叔父が自分を見つめてきた。ああ、あなたはいつも正しい大人とずるい大人の間で葛藤してるんだ。  ……心配しなくても大丈夫。あなたに甘やかされて、僕はずっとここにいる。ずるい大人のあなたが心の奥底で望んでる、アルプスの山小屋のことなんか夢にも見ない、僕たちだけの地獄の楽園に。

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