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逃避 1
…
……
…………
「………っ!」
勢いよく起き上がる。
一瞬で何が起こったか理解できずに、焦って周りを見渡すとほんのり橙色の照明の寝室に僕、佐伯和 はいた。
ちょうどベッドの頭側にある窓が開いていたため清々しい風が微かに入りこんでくる。
サァァァァァ
うっとおしい熱気を払いのけてくれる風。
バクバクと鳴る心臓が少し落ち着き、はっと息を吐いた。
「夢……」
まただ。
何かに追いかけられる夢。
最近よくこの手の夢をみては、うなされて起きる。
「はぁ」
僕は小さくため息をついた。
この夢のせいか、寝不足で体力も落ちた気がする。ふと頭を抱え込むと、髪は汗で濡れていた。
「気持ち悪い」
静かな部屋に、僕の声は思いの外響いた。
シャワーを浴びようとバスルームに向かおうとして、人の気配を感じ足をとめる。
そうだ、ここは僕の部屋じゃない。
これから行われる事の為に、相手は汗を流している。それよりも前に僕は、下準備のため、風呂に入ったけど、夢のせいでまた汗をかいてしまった。
後で謝ってもう一回シャワー浴びさせてもらおうか…。
僕は仕方なく部屋に戻り、軽くベッドに腰掛けた。
パタン
扉が閉まる音が聞こえ顔を上げると、軽くバスローブを羽織った男がこちらに歩いてきた。
「和、ごめん、長風呂になっちゃった。」
そう僕に声をかけ微笑む姿は、まるでサッカー部にでもいそうな好青年。この男、菅井浩 を見ただけで30歳と誰が分かるだろうか。
「構いませんよ、菅井さん」
僕も微笑み返すと、菅井さんはタオルで軽く濡れた髪を拭きながら此方にくる。そして、薄暗い照明の中でも、互いの顔がはっきりと見える距離に来た時、
「和、どうした?すごい汗かいてるぞ…?」
菅井さんは僕の顔を覗きながら、心配そうにそう言った。その声が、目の前の人が、なんだかとても頼もしくて、甘えたくなって…。
抱きつくようにバスローブを握りしめた。
「和…?」
「また、変な夢見ました。」
「夢?あ、あの追いかけられる夢か。」
バスローブを握りしめる手に力が入る。そんな僕を見て菅井さんは、優しく僕の頭を撫でてくれた。
「大丈夫そうか?」
「……はい。もう大丈夫です、こうしたら…安心した。ありがとうございます。シャワー浴びてきますね、うぁっ!?」
そう言って立ち上がろうとしたが、腕を引っ張られたためバランスをくずし、すっぽりと菅井さんの腕の中に収まってしまった。
「わっ….、ごめんなさい、汗ついちゃう…すぐ流して来ます。」
「いい」
「菅井さん…?」
僕を抱きしめる彼は悲しそうだった。
強く後ろから抱きしめられているから、顔ははっきりと見えないが、雰囲気でわかる。
「夢ってのは、」
僕を抱きしめたまま菅井さんは話し始めた。真剣なその口調に僕もゆっくりと頷いて続きの言葉を待つ。
「はい」
「夢ってのは、自分で気づいてない潜在意識を、自分自身に教えてあげようとするメッセージなんだ。だから、自分の考え、思い、心の状態が夢に反映されてる。和はよく恐ろしい夢…その、追いかけられる夢、よく見るだろ?」
「ぁ、はい…。」
「それは、今不安であったりして、心の状態がよくないんじゃないかって、俺は思う。」
少し抱きしめる腕に力が入ったのが分かった。
「俺は、そういう、和の不安とかを全部取り除いてあげたいって思うんだ。和を救ってやりたい。」
「菅井さん…。」
腕が離れたと思うと今度は肩に手が置かれ向かい合うように再び座らされる。
「和と出会ってからちょうど1年くらいかな?」
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