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「んんんんんーぎっ」
「聖」
「あ? ……おい、背中」
「え?」
講義が終わり、ぐっと伸びをしていた聖の傍にやってきたのは真壁。
いつもゴツめの身体を丸めて講義を受けている真壁は、終わった後も背中が丸まっている。
『タッパあんのに、もったいない』
そう言って聖は講義後に必ず真壁の背中を軽く叩く。
「あはは、ごめんごめん」
「や、俺が気になるだけだから別にいいけど。で、どした?」
「あ、うん。聖今日バイトでしょ? ご飯どうする?」
「あー……」
真壁の問いに、聖は口を閉ざして窓際で友人と話をしている神谷を見遣った。
まるで、神谷でなくどこか遠くを見るような眼差しで。
「……お前、本当は嫌なんじゃねぇの?」
「何が?」
真壁を見ることのないまま、独り言のようにボソリと呟く。
意を決して言ったのに、まるでわかっていない気の抜けた返事をした真壁に軽く苛立ったように眉根を寄せ、聖は鞄を持ち立ち上がった。
「神谷が言ってたみてぇに、……俺が甘えてんの」
「はは、聖、甘えてる自覚あったの?」
「あるよ。神谷に言われんのはムカつくけど」
手の中で鞄の紐を遊ばせながら視線を真壁へとやる。
少しつり目がちな黒い瞳は居心地が悪そうにくるりと動き、真壁を捉えた。
「お前が嫌なら、もう飯作ってくれなくても」
「嫌じゃない」
「おま、即答かよ」
「当たり前じゃんか。俺、嫌だったらちゃんと言うよ。……さっきも言ったけど、好きでやってることだから聖が気にする必要なんてないんだ」
「なら、いいんだけどさ……。お前の飯美味いし助かるし」
照れたように唇を尖らせてボソボソと答える聖を、真壁はやわらかな瞳で見つめた。
見んなよ、と呟いて聖はピンクの帽子を被ったマスコットがついたキーホルダーを真壁に差し出す。
「じゃ、今日もよろしく」
「うん。バイト頑張ってね」
キーホルダーとともに揺れる銀色の鍵を握りしめ、バイト先へ向かう聖を真壁は静かに見送った。
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