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「……ぁんだよ。何か顔についてるか?」 「や、いや! 何でもない!」 「ひぃじりぃー!」 「ぅおあっ!」 「わぁ!」  腰に何かが激突し、聖は真壁もろとも転げた。 「お前、いってぇんだよバカミヤ!」 「そのあだ名言うなっつってんだろうがアホヒジリ!」 「何だそれ乗っかんなや語呂悪ぃんだよ!」  バカミヤもとい、神谷悠紀(かみやゆうき)は突進したことに罪悪感はないのか踏ん反り返って威張っている。 「……ぃ」  ぎゃあぎゃあと言い争うふたりの下で、喉を締め上げられたような苦しげな声が漏れてきた。  何事かとふたり揃って視線を下げれば、聖の尻の下で真壁が潰れていた。  真壁大和という男は、底無しに人が善い。  いつか怪しい壷を買わされるんじゃないのか、と心配になるくらいに。  男ふたりに踏み潰されていたというのに、怒りもせずへらりと笑うばかり。 「お前な、もうちょっと怒れよ。お前がそんなだからバカミヤが調子乗んだよ」 「調子乗ってんのはお前も一緒だろアホヒジリ。真壁の優しさに甘えやがって」 「俺のどこが甘えてるってんだよ」  第2ラウンドを迎えそうなふたりのやり取りに、真壁は慌てて間に割って入る。 「お、俺が好きでやってんだから、神谷が怒ることない」 「けどさー……」  真壁越しに聖を睨みながら神谷は大きく息を吐き出した。 「真壁がいいならいいけど、別に」 「うん。わっ」  真壁の胸倉を掴み、ぐいっと自身へ引き寄せるとその耳元で小さく呟く。 「……このままだと自分がきつくなるだけだぞ。さっさとケリをつけるんだな」 「神谷……」  情けなく眉尻を下げた真壁は、懲りもせずせへらりと笑っている。その表情に、神谷の眉間に深い皺が刻まれていく。 「おい、何やってんだよ?」  ふたりのやり取りなど知る由もない聖は訝しげな表情を浮かべ、真壁の服を引っ張ってきた。   「……」  それを振り払うことなど、真壁は絶対にできない。  ためらう真壁の様子を神谷はじとりと冷たい視線で見つめるが、今は口を挟む気は無いらしく短く息を吐いて足を一歩踏み出した。 「何でもねぇよ。……講義始まるぞ」 「あ?」 「聖、行こう」 「あ、おお」  神谷が真壁の腕を引いたせいで、軽く握っていた聖の腕は簡単に解けた。  そのまま引っ張られるように歩いていく真壁と聖の間に、距離が出来る。  真壁の服を掴んでいた掌と、いつもよりずっと不機嫌な神谷の背中を交互に見つめた後、聖も後を追った。 「腹でも減ってんのかあいつ」と。能天気に呟いて。  いつだってへらりとしている真壁とは真逆で、神谷の仏頂面はいつものことだ。顔の造りはそこらの女の子にも負けないほど可愛らしいくせに。  聖は彼らの異変に少しも気付くことなく、日常を過ごした。

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