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おまけ:平井由について
「どっか、行っちゃうの?」
疲れた表情を見せながら少し涙目でベッドから見上げてくる薫を、由は笑いながら優しく頭を撫でる。初めてなのに、昨日は盛り上がってしまった。自分ではありえないぐらいの優しさで抱いたので、疲れているだけで身体の痛みはないらしい。
本当は、もっと薫とゆっくりしていたい。なにせ、恋人になって初めて一緒に迎える朝なのだ。もっと薫を可愛がりたい。しかし、そうするわけにもいかない。
由には、大事な仕事が残されていた。
「ごめんな。外せない用事があって。すぐ帰るから」
「ん。由さん、」
「何だ?」
「やっぱり、由さんもおじさんだから、シワがあるんだね」
「うるせ」
クフフと楽しそうに笑う薫を撫でていると、次第に瞳がトロンとし始めて。2分ぐらい経てば、すぅすぅと薫は眠っていた。
無防備で可愛い寝顔を見せる薫に、由は起こさないように優しいキスを贈る。そして名残惜しそうに由から離れると、無表情に顔を変え寝室を出た。
音をたてずに廊下を歩き、静かに家を出る。すると、若い男が1人ドアから少し離れた場所で待機していた。その男は、昨日薫を押し倒して犯そうとしていた男で。しかし、男は由の顔を見ると恭しく頭を下げた。
「お疲れ様です。組長」
「おぅ。隆也 、昨日はご苦労だったな」
「いえ。組長に言われた通りに動いただけですので。まぁ、あのガキが信じ込むように変態っぽく演じましたけど」
ニコリと隆也と呼ばれた男が悪い笑みを見せれば、由も同じように悪い笑みを見せる。
「で。宏明はどうした」
「クソガキは、今頃オークションにでもかけられてるんじゃないですか?何せ、組長の女に手を出そうとしたんですから」
「手を出そうとしたのはお前だけどな」
「そう仕向けたのは、組長でしょう」
そんな会話をしながら、由がタバコを咥える。すると、心得ているようにそのタバコに隆也が火をつけた。
ゆっくりと息を吸って、同じようにゆっくりと煙を吐く。そして、自然な動作で家の前に停まっていた黒塗りの車に乗り込んだ。
「ようやっと手に入った」
「長かったですね」
「あぁ。あんなにも理想の男が、店に来るとは思わなかった」
気まぐれで始めた店だった。
極道の組長の座に居座っているが、いつそこから外されるか分らない。だからこそ、第2の人生の為に金をかけて造った店だ。
酒が好きだからバーを経営し、たまにそこに来る客を言葉巧みに操り喰った。もちろん、自分が極道の組長だとバレないようにだ。組長になるにあたって背中に彫った龍は、昔のヤンチャの名残と言っておけば誰もが信じた。
まぁ、極道の組長をやりながらバーを経営して、たまに男を喰らう。そんな人生で良かったと思っていたのに。
出会ってしまった。見つけてしまった。
「あの子には、隠し通すんですか?」
「あぁ。まだ言わねぇ。まだ早い。だがな、何があっても俺は離すつもりはねぇよ」
もしも、自分の本当の姿に気づいた薫が恐怖のあまり逃げようとしても。もう逃がしてやることは出来ない。逃げようとするのなら、閉じ込めてしまうまでだ。
「でも、組長が本気になるなんて。珍しいですね、おじさんなのに」
「それぐらい、俺は薫を欲した。俺の身体全てが、薫を求めたんだ」
「おじさんなのに?」
「うっせーぞ、隆也」
面白半分で言ってくる隆也をグーで殴りながら、由は今まで咥えていたタバコを車の窓から外に捨てて新しいタバコを取り出した。
おまけ、END
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