1 / 3

調合

 くりくりした大きな二重の瞳。  柔らかそうに丸みを帯びたバラ色の頬。  もう高3だというのに未だ中学生に間違えられる童顔。  少し(こわ)い手触りの真っ黒な直毛。  若干高めの耳に心地良い声色。  その声で紡がれる言葉は少し舌っ足らずだ。  ──くっそかわいい。  俺のツボというツボに刺さりまくる。  そいつは同級生で俺の友人だ。  俺にとっての友人は同性。つまり男。  俺はそいつに全く報われない想いを抱いている──。 「やがみ……けいいち?君?」  高校入学初日、一つ前の席から俺を振り返って、そいつは言った。  指は黒板をさしている。  そこには出席番号順にズラッとクラス全員の氏名が書いてあり、それがそのまま席順だ。 「違う。あれで佳一(かい)って読むんだ」  訊いているのは俺の名前だった。  中学までの周りは知り合いばかりでワザワザ説明することもなかったな、そう思って答えた。 「八神佳一(やがみかい)君かぁ。格好いいねぇ。僕、原田潤(はらだじゅん)。あはは、普通でしょー?これからよろしくね佳一君」  にっこり笑う無邪気な潤に、何だか呆気に取られたのをよく覚えている。  まるで小学生か仔犬並みの人懐っこさだ。  高校生になりたてで、少しでも自分をカッコよく見せよう、ましてや同級生に弱みなんて断片だって見せられない──そんな見栄と焦りに駆り立てられていた自分が逆にカッコ悪い……そう思えてしまうような純朴でキラッキラした笑顔だった。  自分の事を僕と呼ぶ奴にも出会ったことがなかった。  だって僕だぜ。漫画か小説の中にしか存在しないと思ってた。  こいつが言うとこんなにも自然で似合うんだな──。  今考えると、たぶん出会った時からもう俺は、無防備に相手の懐へ大ジャンプをかましてくる潤の天然さにやられていた。  それから地道に月日を重ね、着実に俺は潤の親友というポジションに落ち着いた。  不満は大有りだ。  だって本当に欲しいのはそんな肩書きじゃない。  そっちはまるで進展しない。  だけど慎重にもなる。  関係が壊れたら本末転倒だ。  築き上げた二年間を無駄にする気は、ない。  魔性かと思う人たらしぶりは健在で、益々磨きがかかっている。  その理由は姉だった。  潤には年の離れた姉が二人いてひどく溺愛されている。  二人からの愛情を余すことなく受け取って純粋培養で育つと、この無敵の末っ子パワーが備わるようだ。  ──正直羨ましくて堪らない。俺だって潤を心置きなく可愛がりたい。  だが俺はこの二人の姉に、たびたび妨害されている。 「なあ潤。観たがってた映画、今度の土日で行かない?」  さっきだってそうだ。2日あればどちらか都合も合うと思ったのに。 「ごめーん。土曜は下の姉ちゃんとホテルディナーで、日曜は上の姉ちゃんと舞台観に行く約束がある〜」  済まなさそうに顔の前で手を合わせる。潤は悪くない。だが── 「ええーまたかよ」  そう言ってしまうのも仕方がない。  今は4月だが、結局春休み中もイベントだなんだと潤は姉ちゃんズに引っ張りだこでゆっくり遊べた試しがない。 「ホントごめんー。でも二人共、僕の為にスーツ仕立てたりS席取ったりしてくれるから断るに断れないんだよー」  既に社会人だという姉等に経済力でもって打ちのめされる。  要は可愛い潤を着飾って色々連れ回したいのだと思う。  気持ちは分かるだけに敗北感が半端ない。 「いいよ……また今度な」  毎日学校で会えるだけマシだと納得したいが、それを言ったらあっちは一緒に住んでるくせに!だ。  肉親に嫉妬しても勝ち目はない。  俺は肩を落として、今日もカフェだかどこだかで待ち合わせだからと帰っていく潤の後ろ姿を眺める。 「あーあ。今日も残念だったなあ。八神」  その上、会いたくない人物からは目ざとく見つけられる。 「センセーさよーならー」  俺は聞こえなかった振りをして、白衣姿でニヤニヤ笑っている長身の男の横をすり抜けようとした。 「待ちなさいよ。部活だろ八神くん」  ……目論見は失敗だ。襟首を掴んで引き戻される。 「離せよっ。とっくの昔に退部届、出してるだろ!」 「先生そんなの見てないもん」  もん、って言った!?おっさんが言っても可愛くなんかない! 「印鑑も押した公的な書面だろ、無くすなよ」  これは化学の教師。  俺を付け狙う不届きな教育者だ。  一年の頃ちょっとした興味で入った化学部は部員の居ない開店休業部で、何故か顧問に潤への気持ちを悟られ、面倒な事に気に入られ、絡まれるようになった。  構われたい奴には構われずその逆に構われる。  この上ない不幸だ。  俺が何したって言うんだよ!? 「そうじゃなくても、もう引退だから。帰ります」  実際は文化部の引退はもっと先だが相手にしてたら埒が明かない。 「まあまあ。そんなに急いで帰る用事もないだろ八神には」  いちいち一言多い。  そして化学には不要と思われるバカ力で、無理やり腕を取り化学室に連れ込まれる。 「それに、人恋しいだろ。そう立て続けに袖にされてれば」  妙に訳知り顔で言われるのにも腹が立つ。  だがここまで来たら言っても無駄だ。  かつて何度も苦い経験をしているので、不貞腐れながらも諦めて背もたれの無い椅子に腰を下ろした。 「佐伯(さえき)先生には関係ありません」  寂しい気持ちがあったのは事実だ。  そんな時に弄って笑いのネタに変えてもらう事で少し救われるのも──けれどそれは、おくびにも出さない。  冷たく言い放った俺の口調に先生が笑う。 「ほら。暖かいコーヒー。牛乳たくさん入れてやったぞ」  お約束のビーカーに淹れたカフェオレを手渡してくる。  完全に上から目線。何様だ。 「……子供扱い」 「充分ガキだろ」 「そりゃ、おっさんから見ればね」  普通の大人にこんな言葉遣いをしたら、たちまち正座でお説教だ。  けれどこの化学部顧問はそういう所には甘く、怒られたことは一度もない。 「そうだよ。先生のようなおっさんからしたら──君らは眩しいくらいクソガキだ」  俺の頭に手のひらを乗せて、言葉通り光源を見るように目を細める先生と目が合う。  この人の、こういうところが苦手だった。  上からかと思えば、まるで同等かそれ以上の価値のあるものの様に扱ってくる。  変にこそばゆい気持ちになる。  俺は思わず言葉に詰まった。 「っ、このビーカー!ちゃんと、洗ってあんの?薬品臭いんだけど」  言い掛かりだった。  ほんとは何の匂いもしない。 「大丈夫だろ。ちゃんとメタノール消毒してあるよ」  だけど、飄々と笑って口にする言葉がとんでもない。 「メタノールならダメなヤツじゃん!バカにすんな」 「お?引っ掛けだったのに分かったのか。えらいえらい」  メタノールは工業用だ。  口にすることは出来ない。  仮にも化学部に入ろうと思った人間に言うんだから、完全に(からか)って楽しんでいる。 「ほら拗ねてないで、冷めないうちに飲めよ」  先生が自分のコーヒーに口をつける。  透明なビーカーの内側で揺れる、黒い液体が目に入る。  俺は渡されたビーカーに目を落とす。  褐色が中和されて柔らかく優しげな色合いで、とても──子供っぽく思えた。 「俺そっちがいい」 「そっち?ブラックか?じゃあ交換するか──」  どっちでも良いような口振りだ。  化学室特有の長机に寄り掛かっていた体を起こして俺の正面に立つ。  ビーカーを渡してくれるのかと見上げると、微笑んだ先生に顎を掴まれる。  唖然として見守っていると先生は腰をかがめて顔を寄せ、俺に口づけた。  その瞬間に口の中に苦い芳香が注がれる。  「んんっ、んー」  顔を離そうとしたが抵抗は予測済みだったのだろう。  ガッチリと押さえつけられビクともしない。  ほんの一口分しかなかった液体を無理やり飲み込まされても、唇は離れなかった。  隙間から押し入られた舌に口の中を蹂躙される。  吸い付いたり噛み付いたりしながら一向に去っていかない先生は、キスだけでなく俺の身体にも手を這わせる。  首筋や耳をいやらしく撫でられ散々敏感な粘膜を(ねぶ)られている俺は堪らなくなった。 「ん……っ、はぁ……や、だ。先生──っ」 「嫌……って割には悦さそうだけど?」 「なに……言ってんだ……このド変態」  ようやく顔を離したこの信じられない性職者を睨みつける。  まだ油断は出来ない。  身体が火照っているし、先生は俺に触れたままだ。 「ド変態は言い過ぎだろう。八神だって原田にこうしたいんだろ。同じだよ」  ヌケヌケと言う態度もだが内容にも衝撃を受けた。  同じじゃ──ない。  潤は好きだが、そういう対象として見たことがないと初めて気付いた。  これは恋だと信じていたが、だったらこういうことも含むのが普通な気がした。  じゃあこの気持ちはなんなんだ。  そしてもう一つ、気付いてしまう。  同じ、の意味に含まれること。 「まさか先生、俺のこと好きだとか言うんじゃないよな」  先生は嬉しそうに目を細め、頬を寄せると俺の頭を抱え込んだ。 「どうして俺が、原田への感情に気付いたのか不思議に思ったことない?」  そして謎掛けのような言葉を甘い口調で吐く。 「ない、けど」 「自分に向けられる好意には疎いな。俺がお前を見ていたからだよ」 「──先生のくせに」 「学業はきちんと教えてる。道徳は別の先生の担当だ」  そんな言い訳が通用するわけがない。  訴えてやるからなセクハラ教師。 「そんな可愛い顔で睨んでも逆効果だって気付きな。そうだな──どこにも告げ口できないようにお前を共犯にしちゃおうか」  先生は俺が何を考えているのか分かった上で、涼しい顔でそう言って背後に回る。  嫌な予感がしたが逃げ出す前に胸と首筋に、吸い付くような長い指で絡め取られた。  首筋をゆっくりと上に辿り、反対に胸からは降りていく。  顔を逸らされて仰向きにキスをされる。  挟み込む唇が柔らかくて抵抗を考えられなくなるほど気持ちいい。 「ふ、ぁ……あ」 「ほら、もう感じてる。合意と受け取っても、おかしくないよな」  先生の手が俺のズボンに到達する。  布の上から完勃ちの股間を握られて涙目になった。 「んぁ、や……だめ──」  他人に触られた事なんかない。  こんなに敏感な状態で擦られたら即座に達ってしまいそうだ。 「こんなにしといて、だめもないだろ。達きたいか?」  先生の声が笑いを含んで耳を齧る。  その刺激だけで達きそうになる。  俺はコクコクと頷いて後ろ手に先生の腕にすがった。  既に頭の中は快感から開放されることしかない。  ファスナーが下ろされる音が耳に響く。  やがて触れられる手のひらの感触を想像しただけで呼吸が止まりそうだ。 「あ、あ、センセ……先生──っ」  不安と期待のごちゃ混ぜになった感情で先生の腕に額を擦りつけた。 「こんなに期待で一杯に濡らして、いやらしいな佳一(かい)のココ」  根本から扱き上げて指先で先端をなぞられる。  たったそれだけで快感に追われすぎる身体がうち震える。 「もう我慢出来ない?」 「う、ん──うん」    息も切れ切れに背中の先生に目で縋る。 「達かせて欲しかったら、ちゃんと自分の言葉で言ってみな」 「っ、や、だ──そん、なの……っ」 「じゃあ、ずっとお預け」  先生の右手が俺の根本を塞き止め、左手は手のひら全体を使い、より強い刺激で先端を弄る。 「ぅ、っは──あ、あ、あぁっ、も、そんなの……無理ぃ……っ」 「言うか?」 「い、言う、言うから……」  そう言っているのに先生の手は益々強く俺を追い込む。  それは自分から溢れる体液がジュブジュブと卑猥な音を立てるほどで、もうこの瞬間なにを差し出しても構わない気持ちになる。 「ほら言って」 「っあ、達きたいっ、達かせて先生──おねがい、はやく……っ」  ようやく先生が右手を外してくれる。  限界はとっくに来ていた。 「達きな」 「んぅ、っ──っあ、や、達く、達っちゃ──っ」  俺を急き立てるように激しい指先の動きとは裏腹に、耳元に優しいキスを何度もされる。  もう何がなんだか分からなくなって、先生、と繰り返しながら気が付かないうちに果てていた。

ともだちにシェアしよう!