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ために

  ソレは、ソレから3日ばかり経った頃だ。俺は偶然、俺の上司である佐久間さんとホテルのロビーで待ち合わせをする陽希の姿を目撃するのであった。 最初はたまたま居合わせたんだろうと思っていたけど、陽希が佐久間さん(俺の上司)と面識がなかったことを思いだし、同時に陽希の嗜好も思いだすのだった。 そう、陽希のもともとの嗜好はオヤジで、俺とつき合う前も四十路を越えたオヤジ(堤谷先生)だった。そして、後輩の高徳や俺は対象外だというくらい、堤谷先生(オヤジ)のことが好きで好きで仕方がなかったのだ。 そう思うと、どんどん雲行きが怪しくなる。陽希が3日前に向けた言葉が俺ではなく、佐久間さんだとしたらと思うと胸の奥にあるモヤモヤが広がり、だからといって、俺には真相を確かめる勇気もなかった。 だけど、そのどろどろと渦巻く闇が突き刺す妬みに呑み込まれなかったのは、まだかろうじて陽希のことを優先に考えている俺がいたからだろう。陽希が幸せなら、俺はソレでもイイという愚かな俺が。 そうこうしている内に陽希は立ち上がり、そして、佐久間さんに肩を引き寄せられるとホテルの一室に消えていった。 当然、俺はショックは隠しきれず、その日は会社を早退し、自室に籠った。ドアに鍵を掛け忘れたのは、動揺というよりもまだ陽希に未練があるかもという淡い期待からで、俺から吹っ掛けようという豪勇さはまったくなかった。 そんな陽希は夜更けに帰ってきた。ガチャリとドアが開く音がし、俺の耳が即座にソレを捉える。女々しいぞと思っても、俺のベッドに潜り込んでくる陽希に、コレまでずっと片想いだった俺がその執着心を消すようなことはあるハズがなかった。 だから、ギラギラと燃え盛る眼光を抑えようとも、溢れる胴欲が陽希を捉える。3日前のように陽希を組み敷き、かぶりつくような口づけをした。しかも、手荒く下着をずり下げると、なんの前触れもなく穴に指を差し入れる。指はなんなく入り、温かい腸壁が絡みついてきた。 引きつけるように背筋を反らし、陽希は喘ぐけど、その色に恐怖はない。ゆだった顔で俺の顔をみ、うっすらと笑うのだ。その煽っているような仕草に、俺は強引にねちっこく、更に、俺の所有物だという印を陽希の身体の隅々までつけてしまうのであった。まるでソレはごうつくばりな雄のようで、俺は1人で滅入る。 だけど、翌朝、またまた頗るご機嫌のイイ陽希の姿をみ、俺はいたたまれない気持ちになってしまう。そして、俺は土下座をし、謝った。 「ゴメン、好きすぎて止められなかった」 「ああ、解ってる」 きょとんとした顔の陽希は「ソレがどうしたんだ?」というのだ。「今更だろう?」と首を傾げる陽希は、俺の嫉妬などお構い無しのようであった。当然、俺はそんな陽希の態度に泣きそうになる。そして、コレまで大事に培ってきたモノすべてを放り捨て、俺は陽希の膝にしがみついていた。 「陽希、俺を捨てないで!」 「え?え?なんだ?朱鳥、どうした!」 更に意味が解らないという顔で、陽希は俺の姿をまじまじとみる。本当に意味が解っていないようで、俺の顔を何度も覗き込んできた。 「だって、陽希、もう俺のこと愛想尽かしているだろう!」 そうせつくけど、佐久間さんとホテルの部屋に入っていっただろうとはいえやしない。況してや、部屋の番号を確かめたことや、ソレでフロントでフロントマネージャーと口論になったことなどいえるハズもなかった。 「はぁ?愛想?尽かしてなんかないぞ!ソレどころかもっと好きになってるんだが………」 顔を赤め、目を潤ませる陽希だけど、佐久間さんに肩を抱き寄せられた陽希の顔の方がもっと幸せそうだった。 「嘘だ!」 「嘘じゃない!」 そう怒鳴り俺と睨み合うけど、陽希の方から目を反らす。いつもならもっと強情なのに。ネコのように威嚇するのに。 「ど、してこんなふうに、オレのこと、試すようなこというだよ!」 顔が歪み、涙を瞳一杯に溜める。だけど、俺の方だって泣きたい。ソレに、今しっかりと陽希のことを掴まえておかないと佐久間さんに取られてしまいそうで怖かったのだ。 「試してないよ!俺はタダ──」 陽希の気持ちが知りたいんだ!という前に、陽希にがなられる。 「──あずがのぉばぁがぁ!いまざら、おじげづぐなよ!」 そして、堰を切ったようにとうとうボロボロと泣きだした。その姿は5年前に堤谷先生のことを諦めたときに、おいおいと俺の腕の中で泣いた陽希にそっくりだった。 「………は、るき?」 「………っごんずるっでいっだのに!おでとげっごんずるっでいだのに!」 陽希は容赦なく俺の肩を叩き、そう怒鳴り散らした。だけど、俺には陽希がいっていることがなんなのかまったく解らなかった。いや、いっている意味は解る。だがしかし、その経緯がまったくといってイイ程解らないのだ。 そう、俺は陽希にプロポーズをした覚えもないし、況してや、された覚えもないのだ。 「いったって、どういうことだよ?」 その声は俺でも驚くほど冷たく、そして、低かった。コレが佐久間さんというなら、俺は今すぐにでも陽希の首を絞めて──。 「──ぉで、ぶろぼーずじだじゃないが!」 じんじられない!と陽希はとんでもないことをいいだすから、俺の頭の中は大パニックを起こしていた。ソレは、殺すという単語も吹き飛ぶくらいにだ。 「ちょ、待って!聞いてない聞いてない!」 陽希は陽希で、俺があげた指輪を親指と人差し指の腹で大事そうに撫で。 「うぞっ!むいがまえにいっだ!」 もう、わずれだのが!と再びボロボロと涙を溢しながら泣かれるけど、ソレは本当に俺の預り知らないことだった。 「え?え?ソレって、陽希が始めて俺を誘った日のことだよね?」 そう確認するのは、俺があげたハズの指輪がなぜか右手の薬指ではなく、左手の薬指にしてあることに今更ながら気がついたからだ。 「ハぁ!ざぞっだ!ぉでばダぁダ『ぁずが、げっごんじよう』っでいだだげだ!」 陽希は俺のことを睨み、頬を膨らませる。つまりだ。俺は6日前に陽希にプロポーズをされていたらしいのだ。 「ぅそ、マジ?」 俺は愕然とし、肩を落とした。陽希からのプロポーズを聞きそびれたこともそうだけど、陽希が佐久間さんに惚れたと勘違いしたこともそうだけど、1番は俺から陽希にプロポーズができなかったことにショックを受けている。 「ぢょ、ぁずが、だいじょうぶが?」 泣いてた陽希は真っ青な顔で立ち尽くす俺に手をかざしてくる。そして、俺がなににショックを受けているのか解っていない陽希だけど、要点は確りと押さえていた。俺に届いていなかったプロポーズの言葉を口にするのだ。 「ぁずが、ぉでどげっごんじよう」 ソレを聞いた俺は、当然というか、現金というか、コレ以上幸せなことはないという顔で、こう強張る。 「ゴメン、陽希、もう一度いって」 と。陽希は口を尖らせ、何度もいわすなよとぼやくけど、ちゃんといってくれる。溢れ落としていた涙はもう止まっていた。 「あずか、………けっごんじよう」 物凄く照れがあるのか耳まで真っ赤で、俺はそんな陽希を抱き上げると。 「ああ、勿論だ。盛大な式を上げたら新婚旅行にいこう!」 そういい、担いだ陽希の身体をぐるっと一回転させた。陽希は恥ずかしそうに顔を伏せていたけど、口端が上に上がり嬉しそうにほくそ笑みを浮かべていた。 「やっばり、ぎいでぎでよがった。あずかはぞういうどおもっでだから」 陽希はそういい、佐久間さんとホテルで会っていたことを口にする。俺の有給が後どれだけあるのか聞きにいっていたらしいけど、ホテルのロビーで個人情報はと渋られたから仕方なくホテルの部屋に向かい、部屋の玄関で教えて貰ったという。右手にあった指輪は佐久間さん避けに移したというけど、俺の記憶が正しければ5日前の夕方には移されていた。 つまり、佐久間さんは既婚者で根からの愛妻家だということをすっかり忘れていたのだ。そして、あのホテルも奥さんとの結婚祝いに取っていたモノで、まったく持って勘ぐる必要はなかった。翌日、『仲人は任された』といわれるまでは。 そして、その心ともにあれと願う俺は陽希の細やかな願いのためにずっと変わらない愛を与えてあげたいと思った──。 END  

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