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願いの

  そんな俺は、この春S大学を無事卒業し、念願のスポーツブランドの大手メーカーに就職することになった。2週間の新人研修を終え、配属された部所は俺の希望(営業部)とはかけ離れた製品開発部だったけど、構造を知るという点ではどこの部所よりも優れていた。だから、次の配属希望をだすまではみっちりと知識を叩き込んで置こうと思うのだった。 また、上司や同僚にも恵まれ、なんの支障もなく2週間が過ぎようとしていたときだった。上司である佐久間(さくま)(あつし)さんが「初任給は母親へのプレゼントが定番だ」というから、俺はコレまで女手1つで俺のことを育ててきた母親に親孝行をする機会だと思い、初任給をはたいてプレゼントを贈った。 すると、母親から即行で電話がかかってきたから、相当喜んでくれたと思いきや、凄い剣幕でどやされた。 「アンタ、私にプレゼントを送ってくる場合じゃないでしょう!陽希くん(恋人)にはちゃんとプレゼント渡したの!」 つき合い始めて4年目っていうのは3年目にでる別れ話よりも怖いのよ!イイ、ココでヘマしたら一生結婚できなくなるって覚えて置きなさい!と。恋愛の云々までみっちりと叩き込められてしまうのであった。 そして、財布のすっからかんの俺にそんなモノは買えるハズがなく、当然、俺は社会人にもなって母親から小遣いを貰うという情けないことをしでかすのであった。そんな複雑な心境の中で溜め息をつく俺は、いつまで経っても親は親で子は子なんだということを痛感し、母親に頭が上がらない日々がこうやってひたすら続くことを知るのである。 ソレから、数日後のこと。俺は母親から送られてきたお金で、俺とお揃いのシルバーリングを買った。陽希のプレゼントを母親の金で買うのはかなり気が引けたけど、コレも陽希との結婚のためだと割り切る。 「え?オレに?」 「そう、陽希に」 学生の頃はお金がなかったから贈れなかったけど、社会人になってお金を稼げるようになったからと照れ臭く笑い、俺は陽希の右手の薬指に指輪を嵌め込んだ。左手の薬指には口づけを落とし、将来の誓いのようなモノを陽希にアピールしてみせるのは、未だに、陽希の中で渦巻いている闇を膨張させないためである。そう、堤谷先生が残していった傷跡はソレ程までに酷いモノだったのだ。 「朱鳥、有り難う……」 目を潤ませ、俺に礼をいう陽希だけど、やはり影を落としていた。俺の気遣いも解っているようで、奥歯を噛み締める。だから。 「大丈夫、俺は絶対に陽希の傍から離れないから」 俺はそう囁き、陽希のことを抱き締めた。陽希は愛されているんだよと言葉と態度で教えてあげるのは、この4年間で培ってきたモノだ。だけど、愛情を注いであげることしかできない俺は、陽希がこんなことで救われているのか?と疑問に思うときがある。 つまるところ、逆に陽希のことを苦しめているんじゃないかと思うからだ。ある意味束縛しているようで、気が引けたから。だけど、俺は陽希のことが諦めることなんかできないから、いつか俺のことを好きになって欲しいとタダ願うばかりだった。なんたって、10年後だろうが20年後だろうが、その先のことがまったく解らなくっても俺は陽希を愛し続ける自信だけはあったから。 そんな陽希は、中学高校、大学では走り高跳びで好成績を残していた。全国大会でも常に優勝か準優勝をしている実力者で、大学卒業後もそういう大手企業が抱え込んでいるクラブや競技団体に入るんだと思っていたのだけど、陽希は現役をあっさりと引退してしまった。 そして、大学の在学時にトレーニング指導者というライセンスを取得し、専属トレーナーとしてこの春、大手ジムに就職している。陽希もこの1ヶ月の間に指導研修を終えたようで、大学卒業のときに約束をしていた同棲をいよいよ始める頃合いにもなっていた。 とはいえ、大学の頃もお互いに寮生で、その間ずっと同室だったからそう気合いが入ることではない。 「ソレでさ、陽希、今後は──」 一緒に暮らせるよね?と再確認するのは、陽希の意思を尊重したいからで、決して、忘れてないよね?というアレではない。陽希は俺が贈った指輪をみ、小さく呟くように口を開いた。 「解ってる。オレと朱鳥の職場に近いところでイイ物件探そう」 心なしか不安だという顔で指輪を人差し指と親指の腹で撫で、目星はあるのか?と冷ややかないい方をしてくる。ソコら辺はちゃんと抜かりなく、探してみつけてあった。陽希が気に入るのかは二の次であるけど、俺と陽希の職場の中間地点で物価も安値である。 「うん、契約はまだしてないけど手頃な物件は押さえてある。今度の休みにみにいこう」 「そ、解った」 陽希の気なしな返事に、俺は勘ぐる。束縛したみたいに四六時中一緒にいたから、この1ヶ月羽を伸ばせてよかったとか思ったりしたのだろうか?とか、色々。 「気乗りしないなら──」 「なにいってんだ!朱鳥がいわなかったらオレがいってた!」 陽希は手を止め、俺をみる。そして、今にも泣きそうな顔で、「ゴメン、怒鳴るつもりはなかったんだ。同棲のこともこの指輪のことも物凄く嬉しかった」といい、俺の肩を覆うように抱き締めてきた。 「だから、朱鳥、いつもみたいに陽希は俺に溺れてたらイイよっていって──」 そう弱々しくせがむ陽希の姿をみると、踏みだせれない1歩がもどかしいと伝わってくる。だから。 「ん、解ってる。俺こそ、ゴメン──」 陽希を不安にさせるつもりはなかったんだと謝った。優しく抱き締め返し、その目蓋に軽い口づけを落とす。 「イイ、だから、早く──」 オレのこと愛してるっていうのもいって、と陽希の声が大きく俺の耳を掠める。薄い唇が俺の唇に触れ、だけど、口内に熱い舌を差し入れるのは俺の方で、肩を引き寄せるモノも俺の方だった。甘い吐息が陽希から漏れ、俺はゆっくりと床に陽希を押し倒していた。 ソレから、1年が経とうとしていた。仕事もセックスも頗る順調で、強いていえば、陽希の働く時間帯が俺と異なる点を除いては文句のつけようがまったくなかった。そう、陽希は夕方から夜の仕事で、俺は朝から夕方までの仕事だったからだ。 だから、極力重なる時間はできるだけ陽希のことに宛がい、寂しい思いをさせないように細心の注意を常に努めた。そして、この1年間で目まぐるしく変化したことがあった。 ソレは、あの陽希が俺のベッドに潜り込んでくるようになったことだ。セックスをした後に身体を重ね合わせることはあっても、同じベッドで寝るということはなかった。競技者でエースだったからそういうことの管理をちゃんとしていたのかもしれないけど、ソレでも陽希自ら潜り込んでくることはなかったのだ。 「ん?陽希?眠れないの?」 寝惚けた声で俺は陽希を抱き締める。冷たく冷えきった身体は、今しがた帰ってきたんだということを物語っていた。 「違う。朱鳥の温もりが欲しいだけだ」 「そ、じゃ、おいで」 俺は陽希の身体をもっと俺の方に引き寄せ、息苦しい程抱き締める。陽希も俺の背中に腕を廻し、ぎゅうと抱き締め返してきた。コレが錯覚でなければ、俺は陽希に愛されるのかな?と思う程で。そして。 「…朱鳥、……しよう」 そう囁かれたら、もう歯止めがきくことはなかった。そのまま陽希に覆い被さり、ベッドに組み敷く。みつめ合う双眸が潤んで甘い熱いに浮かされていたら、陽希が抱き潰れるまで愛し合うことになる。 「……ぁすか、………だぁめ…」 陽希は首を大きく振り、引きつけ痙攣を起こしたように身体を激しく震えさせた。何度もイキまくっているようで、虚ろんだ目から涙が溢れ落ちていた。俺はそんな陽希の目尻に唇を落とし、慰めるようにその涙を吸い上げる。 「……イキたい……、…ぁすかのでィキたい…」 懇願するように陽希は俺のモノを欲しがり、ぐちゅぐちゅと陽希の中を掻き廻している俺の3本の指を引き抜こうとしていた。五分咲きで俺のモノを咥えるにはまだ程遠いのに、できあがった身体は限界をとうの昔に越えているようだった。 俺は慰めるように乳首を愛撫すると、陽希は尚更悶えのたうち捲り、今よりも俺のモノを強張り続ける。だから、陽希の中に挿入させようとしたときには陽希は失神寸前で、声まで嗄れてしまっていた。 翌朝、抱き潰した陽希に「仕事に差し支えがでるだろう!」と怒鳴られると思いきや、頗る満足そうな顔で「朱鳥、いってらっしゃい♪」と見送られ、キスまでして貰った。 拍子を抜かしたけど、陽希がご機嫌なのはイイことだと元気に会社に出勤し、てきぱきと仕事をこなして定時で帰ってきたら、陽希はまだパジャマのままで出勤する気配がなかった。 「アレ?仕事は?」 「ん?ああ、俺の顧客ら、明日からシーズンがスタートするから俺は長休に入る」 「そ、…なんだ……」 顧客相手が決まっている陽希のジムは、シーズンとシーズンオフで休みが固定されるようなのだ。去年はまだ新人だったから、俺と同じような休みだったようで、俺は気が抜ける。 「な、ソレよりも、オレのこと、好きか?」 陽希は唐突にそう訊いてくるけど、コレももう日常的なようなモノで、俺は目を細めた。 「うん、好きだよ。今も陽希のことを抱き締めたいと思っているし、昨日の夜のように抱き潰したいとも思っているよ」 愛してるだってたくさんいって上げるからとそう耳許で囁き、身体を抱き締めると陽希は顔を真っ赤に染める。いつもだったから「そ、解った」なんて物凄く簡素に返してくるのに、今日の陽希は少し違った。いや、大いに違った。 「ォレも、朱鳥のことが好きだ。もう2度と誰のことも愛さないと思っていたが、朱鳥はそんなオレのことを変えてくれた──」 だから、有り難うと陽希にしては天地がひっくり返るくらいの情熱的な言葉を返してくる。そして、陽希の方から口づけをされ、舌まで絡めてくるのだった。熱い口づけを交わし、俺の身体を陽希を持ち上げる。 「ふっふ、なんか今日の陽希は陽希じゃないみたいだ。ソレにこういうのは、俺の仕事。陽希はなにも考えず、俺に溺れてて──」 そう、俺がいないと息もできないくらい。ソレくらい俺だけに溺れて。 俺からの愛の囁きに陽希は小さく頷く。その顔はいつも以上に幸せそうで、まさかあんな形で陽希に裏切られるとは思いもしなかった。  

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