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第1話
好きな声がある。
ネット上の声だけれど。
顔は知らない。
年齢も出身地も血液型も知らない。
性別だって
声からは男性だと予想されるけれど
実際はどうなのか、本当のところは分からない。
それでも、すごく好きな声だった。
最近は、誰でも簡単に
ネット上に自分の曲をあげることが出来る。
彼は、恐らく男性だと予想されるので
彼と呼ばせてもらうが、
作詞、作曲した自分の曲を歌って投稿していた。
「僕を見つけてくれた君へ」
これが曲の名前。
その曲は、ひっそりと、慎ましくそこにあって
俺は偶然見つけてしまった。
少し高めで、力強いけど優しくて、耳に心地の良い声。
「僕を見つけてくれた君へ」はバラード曲だ。
ドラムが一定のリズムをゆったりと刻み
その上を軽やかにギターが踊る。
時折ピアノの音が煌めく。
終始穏やかに僕の耳を擽っていくその曲は
最後にこんな歌詞で締め括られる。
「あの日からずっと君が好き」
ここが一番好きだ。
この部分では余分な音がなくなり
少し高めの彼の囁くような声だけが響いて
最後にはすぅ…と消える。
何度繰り返し聴いても、毎回ゾクゾクしてしまう。
何気なく聴いてみただけだったのに。
心臓が早鐘のようにドキドキと鳴る。
これが初投稿?
こんなに実力があるのに?
投稿者名、azu。
俺の予想通り、彼は瞬く間に人気になり
vommit(ボミット)界隈は
大型ルーキーの登場にザワついたのだった。
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