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第70話

「蒼ー、冬弥くん来てるわよー」 母さんの声がして 寝そうになっていた俺はぱっと起き上がった。 「冬弥?」 冬弥は時々変な時間にやってくる。 こっちの迷惑も考えずに。 もう慣れたけど。 何だろう。 何か借りてたっけ。 部屋を出ようとしたら ドアがガチャっとひとりでに開いた。 中に入ってこようとした人の胸にぶつかる。 「ぶっ」 思いっきり鼻をぶつけて、変な声が出た。 顔を上げると、 冬弥が驚いたような顔をして俺を見下ろしている。 俺は鼻をさすりながら冬弥を睨みつけた。 「なんで勝手に入ってくんだよ」 「そんなの今更だろ」 昔とは違うんだから、勝手に入ってこられると 困ることがあるかもしれないだろ。 ムスッとしてる俺の顔を冬弥は覗き込む。 「投稿したあとだからまた倒れてんだろうなって」 「とか言って、曲聴いてくれたわけじゃないんだろ」 「俺、普段から特に音楽聴かないし」 俺を気にしてくれてるのか 気にしてないのか分からない答え。 冬弥は一応、vommitで俺をフォローしてるらしく 曲が投稿されると家までやって来る。 こんな短い曲でも来るとは思わなかった。 心配してくれてるんだろうけど、過保護すぎない? 「とりあえず、寝ろ」 ひょいっと冬弥は俺を持ち上げた。 「お、降ろせばか!」 簡単に持ち上げられたことが恥ずかしくて バタバタと手足を動かす。 俺だって男なのに。 「いつまでもガキ扱いすんな……わっ」 ベッドの上にぼすんっと乱暴に落とされた。 ギシッと音がして顔を上げると 冬弥が俺に覆い被さっていた。 「別に、ガキ扱いしてねぇけど」 「あっそう……ってかどけよ!」 「お前を寝かしたらな」 「そんなことされなくても寝るわ!」 なんて言い合いをしていると俺の携帯が鳴った。 俺が手を伸ばす前に冬弥がひょいとそれを奪う。 「おい、返せよ!」 「七瀬真央…」 冬弥はLINEの通知を見て呟いた。 目の色が変わる。 なに、なんか怒ってる? 「なに勝手にLINE交換してんだよ…」 「なんで冬弥の許可がいるわけ?」 お前は俺の母親か? いや、性別的に父親か。 なんでもいいけど、 冬弥に怒られる理由はひとつもない。 「お前がそんなんだから…」 ギシッとベッドの軋む音がした。 目を細めて俺を見下ろす顔が徐々に近づいてくる。 「と、冬弥…?」 なに…? なんか、怖い。 思わず目を瞑ると 冬弥はぐっと体重をかけて俺の上にのしかかってきた。 ぐぇ、と変な声が出る。 「おーもーい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」 「るせぇ」 「何なんだよ、最近!!冬弥、変!!!」 「どこが?」 「どこがって…」 言葉に詰まった俺の肩に顔を埋める。 急に距離を縮められ、思わず身体を固くしていると すん、と耳元で音がした。 「な、嗅ぐなっ!」 「シャンプー変えた?」 「はぁ?!」 何なんだ、今度は彼女か。 いや、性別的に彼氏か。 なんでもいいけど、冬弥にシャンプーの匂いを 把握されてる意味がわからない。 「も、どけよ…やだ…」 弱々しく呟いた。 今気づいたけど、押し倒されてるのすごく嫌だ。 俺は女の子じゃない。 冬弥は無言で俺の上から降りた。 ガバッと布団をかけられる。 「おやすみ」 突然の身の変わりように困惑するが 俺は大人しくもぞもぞと中に潜り込んだ。 「…ずっとそこにいんの?」 「蒼が寝たら帰る」 「あっそ…」 その後の会話は覚えてない。 気が付くと俺はすぅ…と意識を手放していた。

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