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第6話
セレスティノが握った手は震えていた。
「目もだいぶ見えなくなってきた。身体ももうぼろぼろだ。私はこのまま政府に引き出して毒花として処刑されるのがお似合いさ」
「何を言ってるんだ!」
セレスティノは憤りを感じていた。
コルテスとは、主従関係以前に幼い頃はよく遊んだ幼馴染みだ。
初恋は同い年の彼女ではなく、年下のコルテスだった。
だからあの開かれたパーティーで精神的にも肉体的にもボロボロにさせられた二人が別邸で暮らすと決まった時は執事長であった父親に無理を言ってついていったのだ。
それなのに、カディスの家に向かった馬車が賊に襲われたという知らせを受けた後に帰って来たのは、無惨な姿の運転手だけだった。
コルテスの死体は出てこないまま葬儀がおこなわれた。
セレスティノは死体が出てこないのを不審に思い、コルテスを探すために自衛団体の主人に仕え情報を探した。
そしてカディスの尻尾を掴めないまま10年の月日が経ち、諦めの色が濃くなってきた頃に入ったのがカディスの家に“毒花”という殺人鬼が居るという情報だった。
やっと出てきた情報に主人に潜入を申し出てやっと見つけたのだ。
しかし、当のコルテスは長年の仕打ちに弱りきっていた。
早く助け出すことができれば…という思いが次から次へと襲ってくる。
「そんなの俺がどうにでもするから!」
「セレスティノがそう言うなら心強いな…なら、他の使用人を呼んできてくれ」
「お前何をするんだ」
「なに殺しはしないさ…騒がれない様にするだけさ」
コルテスの笑みが希望を取り戻したと共に、少し怖く感じる。
「んっ、あっ、もっと」
「やっぱりこいつの身体はいつ抱いても最高だな」
「新人だけじゃ物足りないから抱いて欲しいとは本当に淫乱だよな」
「あっ、あぁ」
セレスティノは笑顔を崩さなかったが、内心では心穏やかではなかった。
使用人達の言葉にすら嫉妬している自分に嫌になるが、執事として培ってきた感情のコントロールはこの屋敷の使用人の様な卑しい者など足元にも及ばないほどだった。
「ん?」
「おい。どうした?」
「あっ、やめないでぇ?」
コルテスも名演技である。
使用人のペニスをアナルに迎え入れたまま腰をゆるゆると揺すると男達は何事もなかった様に行為に及ぶ。
「か、身体が…」
「なん…だ」
「痺れて」
使用人の男達は身体が痺れた様で無様にベットの上をのたうち回っている。
「ただの痺薬だ。死にはしないぞ」
「コルテス。行くぞ」
「あぁ。ありがとうセレスティノ」
コルテスはシーツにくるまれセレスティノに抱き上げられる。
「セレスティノも気をつけろ。身体にまだ塗ったのが残っている」
「手袋をしているから平気さ」
「そうか…」
そう言ってからコルテスは気を失ってしまった。
セレスティノは胸を痛めながら外へと急いだ。
ガチャッ
「セレスティノか?」
「お前まさか…」
部屋に入るとコルテスは目を覚ましていた。
カディスの屋敷から逃げてきてからコルテスはその後、長年の無理が祟ったのか泥のように眠た。
医者に診察結果では目覚めるのを待つしかないと言われた。
そんなコルテスは目が覚めると周りが暗闇に沈んでいた。
「遂に見えなく成ったな。最後にお前の顔が見られて良かった」
「そんな冷静な…」
「覚悟はしていた事だからな」
コルテスは別に落ち込んだ様子もなく至って冷静だ。
外を眺める様な動きはとても自然で目が見えていないとは思えなかった。
「もう、帰る家もない。私は死んだ人間だからな」
「俺と共に生きよう!俺はお前をずっと探していたんだ」
またセレスティノの抱き締められたのか、セレスティノのつけている柑橘系のコロンの爽やかな香りがした。
「こんなポンコツになった殺人鬼でもいいのか?」
「人を殺していたのはお前の意思じゃないだろう」
コルテスはこの時はじめてセレスティノとキスをした。
「ふふふ。お前とキスをするなんて子供の時以来だ」
「あぁ…バラ園でかくれんぼしている時だったな」
「彼女が鬼で、一緒に野ばらの影に隠れて居るときだったな」
「俺はあの時からお前の事が…好きだ!」
コルテスの手が伸びてきてセレスティノの頬を撫でた。
「死んだと言われていた私を探して助け出してくれてありがとう。私もお前が好きだよ」
「コルテス!」
「…さん!とぅさん!…父さん!」
「あ、あぁ…すまない。少し話しすぎたかな」
父さんは話の途中で、少しぼんやりと宙を見ていた。
声をかけると僕に気がついた様でまたにっこりと微笑んだ。
「少しセレスティノとの事を思い出してね」
「セスとのこと?」
「あぁ…セレスティノは私のナイトなんだ」
「コルテス!」
セスが珍しく父さんの事を呼び捨てにしていることを意外に思った。
僕が小さな頃はセスは絶対に主人を呼び捨てにすることなどなかった。
だから父さんとセスの仲の良さそうな雰囲気が不思議でならない。
「私とセレスティノは幼なじみだ。監禁から救いだしてくれたのもセレスティノの今の主人だ」
「今の主人は自衛団の団長なんです」
「そうなんだ…」
父さんの壮絶な過去にセスは深く関わっていたようだ。
「監禁から解放されたのはいいが、私は既にこの身体になっていた。最近は食事をするのもやっとだ」
「それでエステラ様に手紙を出したのです」
「本当はもっと早くに連絡を取ろうと言われていたんだが、なかなか勇気が無くて…こんな殺人鬼とは会いたくないと思ってな」
父さんは見えている様に僕の手を握ってくれる。
「でも…やっぱりお前は私の星だった。エステラ」
父さんの青白い顔は幸せに満ちていて、僕の記憶中のいつも怒っていた記憶はどんどん塗り替えられて行くのを感じた。
「んっ、ぐっ…」
「父さん!」
「コルテス!」
口許を押さえた父さんの手の隙間からは血が溢れ出てきた。
吐血したのだ。
ドアの側に居たセスが急いで父さんに近づいて身体を支えベットに横たえる。
「ニィーベ?」
「はい!」
父さんがニィーベを呼んだ。
ニィーベは側に近付き、血のついた手を躊躇なく握った。
「ニィーベ。私の変わりに、私の星を愛してやってくれ」
「はい」
「エステラ…お前がこの部屋に来たとき私の星が来たんだとすぐ分かった。エステラは星という意味だ。私の暗闇に沈んだ世界を最後に照らしてくれて…ゴホッ」
「コルテス!無理に話すな…」
セスに背中を擦られながら父さんは最後に僕に微笑んだ。
外からバタバタという足音が響いて医者と看護婦達がやって来る。
「外に出てください!」
看護婦に怒鳴られ僕たちは部屋の外に追い出されてしまった。
部屋の中からは父さんの咳き込む声と医者の怒声が響いていた。
「今日は来てくれてありがとう。俺達は何もできない。また来てくれ」
セスは落ち着かない様子でいつもより崩れた話し方になっているのも気が付かないほど動揺しているようだった。
シャツには父さんの吐いた血が模様のようになっていて、セレスティノの顔色も悪い。
「兄さん…確かに俺達が居ても迷惑だ。一回帰ろう」
「う…ん」
ニィーベは来たときとはうって変わって僕を気遣ってくれていた。
僕はニィーベに肩を抱かれブランカの家に帰った。
それから2日後。
僕の元にまた手紙が届いた。
今度の手紙には黒い縁取りがあり、開けるまでもなく父さんの訃報だった。
父さんの葬儀は誰にも知られることなくしめやかに執り行われた。
棺には白い花に囲まれた父さんが眠るように横たわっている。
13年も前に死んだと思っていた兄さんは本当は父親で、しかも死んだのではなく監禁をされていたのだ。
父さんの過去を知ることでわだかまりも消えた。
今ならセスに昔の想いを言える気がした。
「こんな時に言うのはどうかと思うけど、僕…セスの事が好きだったんだよ」
「は?!」
「えぇ…知っていましたよ」
僕の横に居たニィーベは何を言うのだと驚いて居るのに少し笑ってしまう。
そんな僕にセスは頷いた。
「でもそれは父親と似たような存在への憧れでしょう」
「うん。今ならそうだって言えるよ」
僕は棺に眠る父さんを見下ろした。
理由なんて知らないから自分は嫌われているんだとずっと思っていた。
自分だけが可哀想なんだと思い込んでいた。
でも一番苦しかったのは父さんだったのかもしれない。
後ろからニィーベが抱きついてくるのがこんな場所なのに嬉しい。
「はじめは驚いて気が狂うかと思った…。でも、セスのおかげだよ。ありがとう」
「いえ…」
もう一度見た父さんは、長年の毒の摂取のせいで白く滑らかな人形のような人間離れした肌だったが、表情は僕には微笑んで居るように見えた。
「父さん…長い間お疲れ様」
「お義父さん。兄さん…エステラは俺が大切にします」
「コルテス…俺はまだ当分そっちには行けないけどゆっくり待っていてくれよ」
セスがそう言うと、父さんの頬にキスをして棺の蓋が閉められた。
棺は僕が掘り起こしてしまった墓石の下に埋められることとなった。
きっかけは死んだはずの兄からの手紙だった。
死者から手紙が来たのにはずいぶん驚いたが、今ではこの手紙は宝物だ。
父さんが書いたものでなくても、最後に会うことが出来た。
あの日から突然涙が出たり、叫びたくなることはもう無い。
ニィーベとの関係は義兄弟と言えなくてもニィーベは僕の大切な人で、ずっと僕を支えてくれる生涯のパートナーだ。
僕も、父さんやセスの様な関係をニィーベと続けていきたい。
そう思えるようになった。
今度ニィーベと父さんの好きだった野ばらを持って墓に行こうと思う。
END
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