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第1話

 キクの顔は地味だ。  地味だと、よく言われる。  けれどその後にこう続く。 「おまえは地味な顔の割りに、乱れると色っぽいよな」  褒められた、と思い嬉しくなる。    しかしこの言葉にはまだ続きがあった。 「まぁ、自分ばっかり気持ちよくなって、碌に奉仕もできないダメ男娼だけどな」  男娼としてのキクの評価は、大体がそんなものなのだ。  キクは淫乱だ。  自他ともに認める淫乱だ。  だから、男娼という仕事は天職だと思っている。……少なくとも、キク自身は。    そもそもキクがここ……現代の遊郭である『淫花廓(いんかかく)』に来ることになったのは、やくざのシマで勝手にウリをしていたところを捉えられ、殴られ、売り払われたからであった。    キクのことを散々ボコったやくざは、キクの身柄を淫花廓が買い上げてくれることが決まった途端にやさしくなった。 「まぁおめぇも災難だったかもしれねぇが、逃げた男のことは忘れて、ここで旦那がたに可愛がってもらえよ。ほらよ、稼がせてもらった礼だ」  そう言って男はキクに、一万円札を二枚、くれた。 「おおきに」  キクはそう言って二枚の紙幣を握りしめた。  それはいまも、キクの部屋の箪笥の中に仕舞われている。  淫花廓では現金を使う機会がないからであった。  さて、そうしたわけでキクは今日も格子の中に立っている。    淫花廓の中の、しずい邸と呼ばれる建物の一階部分は、張見世(はりみせ)をイメージして作られており、格子の向こうには本日のお客様がソファに座りながら、或いは格子の傍まで来て中を覗き込んだりと、思い思いに男娼たちを物色しているのだった。  張見世にこうして立つ男娼は、キクを始め、本日の予約が入っていない……人気度で言えば劣っている男娼たちだ。  しずい邸の人気男娼……それこそ、遊郭という設定に倣って呼ぶならば『花魁』クラスの男娼は、毎晩が予約で埋まっている。  しかし現在、しずい邸のそのポストのひとつは、空席だ。  長年上位に君臨し続けた男娼の『アザミ』が、唐突に引退したからであった。  だからいま張見世に立つ男娼たちの間には、ヒリリと張りつめた緊張感がある。  誰が次の『アザミ』になるのか。  うまく客を獲得できれば……売れっ()になれば、いまよりももっと待遇が良くなるし、年季も早く明けるかもしれない。  そう考える男娼たちの中で、けれどキクだけは別のことを考えていた。    淫乱なキクにとって、稼ぎは二の次だ。  とにかく、今晩相手をしてくれる客を見つけなければ……。  昨日はお茶を()いてしまったため、朝から誰かに抱かれたくて体が疼いているのだった。  キクはエッチが大好きで……けれどお客様を喜ばせることよりも、自分の快楽をつい優先してしまうため、固定の客が付きにくい。  自業自得だとわかっているし、楼主にもいつも注意されているのだけれど……それでも後ろに太いペニスを挿れられるとすぐに理性がどこかへ行ってしまい、また同じことを繰り返してしまうのだった。  独り寝はつらいので、そろそろ誰か、上客を掴まえたい。  アザミのおこぼれでもなんでもいい。  できれば体力があって、ペニスが大きくて……キクだけが乱れても怒らないような、誰か素敵な旦那様に巡り会えないものだろうか……。  いや、この際もう誰でもいい。  今晩、キクを抱いてくれさえすれば……。  キクが欲望に潤んだ目を格子の外へと向けたとき。  入り口の引き戸がカラカラと開き、男衆に伴われた新たな客が姿を見せた。  思わず、キクの目が吸い寄せられる。  上等なスーツを身にまとった男が、ゆったりとした足取りで歩いている。  歳の頃は……50代後半ぐらいだろうか。  綺麗に整えた髪には白いものが混ざっていたが、しかしそれは男の魅力を損なうものではなかった。  恰幅の良い体つき。優雅な歩き方。上品な顎髭。全身からは牡の色香を漂わせていて……その美丈夫ぶりにキクはごくりと生唾を飲み込んだ。  スラックスの上から男の下半身に視線を這わせ……よし、合格、とキクは頷いた。  なかなか立派なモノを持ってそうだ。  キクは格子を両手で掴み、そこを軽く揺すった。  優雅な男の目が、こちらへ向けられた。  それに、にっこりと微笑みを返して。 「おこしやす、旦那様」    キクは、精一杯の媚を込めてそう言った。  キクの視界の端で、以前に一度キクを指名し……散々キクに搾り取られて悲鳴を上げていた客が、ものすごい勢いで目を逸らし、見ないふりをしていた……。    

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