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西島くんはときめいてなんかいない

それは高校に進学した年の文化祭に起きた事件。 西島千尋……人生最大の黒歴史である。 「千尋、文化祭の出し物何に決まったんだ?見に行くよ」 朝食を食べながら千尋を見る此上。 「……見に来なくてもいいよ、俺は参加してないし」 返事を返す千尋は1度も此上を見ない。 彼自身は気付いていないが嘘をついていたり、後ろめたい事があると目を見ないのだ。 「へえ~……でもクラスで何かするんだろ?」 「知らない。俺、休んでたじゃん暫く……その時に決まったみたいだから……もう学校行く」 千尋は食べ終わった食器を重ねて慌しくしている。 「何慌ててんだ?いつも送って行ってるだろ?」 「今日はいい!トオルと待ち合わせてるから電車で行く」 「神林くん?……彼も一緒に乗せてあげるよ」 「べ、別にいい!!」 千尋は鞄を手に部屋を出た。 そんな彼を見送る此上。 絶対に何か隠してるな……此上はそう確信した。 ◆◆◆◆ 冗談じゃない……絶対に此上には知られたくない!!! 千尋は絶対に知られてはならないと自分自身に誓う。 「千尋、おはよ」 駅で神林に声をかけられた。 「おはよ」 「劇の練習やってるんだろ?どう?」 「その話はしたくない!」 千尋は露骨に嫌な顔をする。 「めっちゃ機嫌わる……」 「……そんな事ない」 プイっと横を向く。 「……そんなに嫌?」 「嫌に決まってる!!大体、休みのヤツに役を押しつけるなんてイジメだ!!!」 千尋の声は大きい。 「何がイジメなんだ?全員一致だったんだぞ?王子役は1人で充分」 真後ろから声がした。 千尋はムッとした顔で振り向くと「お前のせいだ!」と同じクラスの佐々木に文句を言う。 佐々木と千尋は学校で女子達から王子と呼ばれ人気を二分していた。 千尋のクラスはオリジナルの劇をする事になり、女子達は佐々木と千尋を主役に持っていきたがっていたが劇の内容が王子と姫の話だったものだから、どちらが王子か?という話になり、佐々木がとんでもない発言をしてしまったのだ。 その日、千尋は学校を休んでいた。 だから、文句を言うであろう本人が居ないのをいい事に「西島は姫役が良いと思います、アイツ、絶対に女装似合うと思う」と言ったのだ。 クラス全員、それに同意して、千尋はめでたく姫役を手にしてしまったのだ。 学校に出てきてみると、話が盛り上がっていて、どうする事も出来なかった。 「休みのヤツに了解も得ずに役決めるなんてイジメか!他にも役あっただろ?村人とか兵士とか」 「お前、クラスの女子……学校の女子より綺麗な顔してるから姫役の方がしっくりくるんだよ、俺がリードしてやるから……学年の王子2人が主役やるって学校盛り上がってるやん、今更嫌とか言うなよ西島」 佐々木はニッコリ微笑む。 本当にコイツは嫌いだ……と思う。 「お前と話してるとイライラくる」 西島はそう言い捨てて佐々木の横を通り過ぎて早歩きで学校へ向かう。 あ~くそ!!学校休んでやろうかな? なんても思ったが中身は真面目な千尋。 台詞も覚え、嫌々ながら練習には出た。 佐々木と千尋の絡みは女子達の黄色い声援が飛ぶ。 目立つのが嫌いだし、そもそも女の子に騒がれても嬉しくない千尋。 昔っからモテていて、告白なんて毎回。 でも、全部断った。 好きでもない子と付き合いなんて出来ない。何より相手に失礼だ。 佐々木は千尋と正反対でモテるのが我が人生って感じで楽しんでいる。 女の子の取り巻きがいつもいるし、手当り次第に付き合ってもいるようだ。 同じ女の子とは長続きはしていないみたいだが…… そんな佐々木を見て、直ぐに別れるなら付き合わなきゃいいのに……と思う。 千尋にはそれが理解出来なかった。 別れを告げられた相手が可哀想だ……捨てられる気持ちとか捨てる相手には分からない……本当に最低だ。 「は?キスシーン?」 台本を書いている男子生徒にいきなり言われ千尋は物凄く嫌そうな顔をする。 「そんなの台本にないだろ?」 「ないけどさ、盛り上げたいじゃん?あ、でも実際するわけじゃないよ?する振りするだけでいいから」 「いやだ!」 千尋は即答する。 「キスシーン入れるなら俺は降りる……佐々木の相手役ならやりたい女子が沢山いるだろうし、男がやるよりもいいだろ」 千尋は台本をポイッと投げて教室を出ようとする。 「待て待てまて!!!」 男子生徒が千尋の腕を掴む。 「西島が姫役するってめっちゃ盛り上がってんだぞ?今更変えれないよ」 「俺には関係ないし、女子にやらせればいいじゃん」 「だってだって、お前、女子にも男子にも人気あるし」 「だから関係ないって」 千尋は腕を振り払う。 「無しでいいんじゃない?西島嫌がってるし……抱き合うシーンだけでいいと思う。西島の隠れファンの男子の恨み買うのも嫌だし」 2人のやり取りを見ていた佐々木が間に入った。 「何だよ?その隠れファンとか」 「知らない?先輩達にお前結構人気あるぜ?」 「知らない……興味ない」 プイっと横を向く千尋。 「キスシーンは無しにするから続行しようぜ?それに本番もう直ぐだろ?代役やる子が可哀想だ」 「俺は可哀想じゃないのかよ!」 ムッとして言い返す。 「千尋くん怒った顔も可愛い」 佐々木は千尋の頭を撫で撫でする。 すると、見ていた女子達から歓声が上がる。 「さわんな!」 佐々木の手をパシッと叩き、「キスシーンは絶対にしないからな!」と台本を書いてる男子に念を押した。 ◆◆◆◆ 「千尋、明日休み取れたんだ文化祭だろ?見に行くよ」 夕飯時に此上に言われ千尋は固まる。 「こ、来なくていいって言ったじゃん」 「なんで?小学校からずっと千尋の行事は行ってただろ?」 「俺、もう高校生なんだけど?何時までも子供じゃない」 「未成年だろ?」 「うるさいな!とにかく来たら絶交するからな!」 千尋は食べた食器を重ねて台所へ置くと「風呂入ってくる」とそそくさと逃げた。 「来たら絶交するって本当お子ちゃまだな千尋」 此上はクスクス笑う。 ◆◆◆◆ そして、文化祭当日。 姫役の衣装のドレスとウィッグとメイクで千尋は完璧な姫様に変身した。 その変身ぶりにクラス全員感動している。もちろん担任の先生までも。 「西島くん写真撮らせて」 女子達が我先にとカメラを向ける。 「あ?」 怒りの一言と迫力のある睨みでたじろぐ女子達。 「ごめーん、千尋くんご機嫌ななめなんだあ、姫様のご機嫌損ねると大変だから写真はだーめ!」 王子の衣装を着た佐々木が千尋の前に立つ。 「俺なら何枚でもいいよ!もちろんツーショットも!」 その一言で佐々木の撮影会へとなったので千尋はホッとする。 絶対に写真とか嫌だ。 劇が始まるまで隠れていようとコソコソと教室を出る千尋。 こんな姿を絶対に此上には見られたくはない。 来るなと言っても来るのが彼だ。 劇の時間も言っていないし、ましてや体育館でやるとも伝えていない。 もし、来るとしたらクラスに顔を出す程度だろう。 なので、避難をするのだ。 コソコソと教室を出て直ぐに神林に出くわした。 げっ!!!なんて思った。 「千尋……かわ……えっと、悪くないよ」 神林が気を使って可愛いとか言うのを堪えたのが分かった。 可愛いと言われたらグーパンしてたのにな……なんて千尋は思う。 「どっか隠れるとこない?」 「えっ?なんで?」 「あまり見られたくない」 「……そっか、あっ、いいとこあるよ」 神林と一緒に図書室へ避難した。 文化祭の間は図書室は閉まっている。 図書委員をしている神林は鍵を借りれるのだ。 「ありがとう」 ニコッと微笑む千尋に顔を真っ赤にする神林。 でも、その表情に千尋は気付かない。 やばい!千尋可愛い!めっちゃ可愛い!!どんな女の子よりも可愛い!! そんな事を神林が思ってドキドキしているのも千尋は気付かない。 ◆◆◆◆ そして、劇の時間。 拍手の中、劇が始まった。 佐々木の王子様も好評だが千尋のお姫様姿は見に来ている観客をウットリさせていた。 劇も終わりに近付いた時に王子様と抱き合うだけのシーンで佐々木が顔を近付けてきた。 ギョッ!!として咄嗟に佐々木の顔を手のひらで押さえる。 「てめー何考えてる」 千尋は小声で佐々木に文句を言う。 「キスだけど?」 「はあ?キスシーンはないだろ!」 「あの時ああ言わないとお前役降りただろ?まあ、ドッキリ?」 「ドッキリ?本当、お前最低!」 千尋は佐々木から離れてようとするが腰に手を回され「姫……あなたを幸せにします!さあ、誓いのキスを」と顔が近付いてきた。 本当にキスされると千尋は佐々木を咄嗟に突き飛ばした。そして、その勢いでバランスが崩れた。 千尋が居た場所は舞台の縁近く。 落ちる!!!! 千尋も佐々木も観客もそう思った。 その瞬間! 誰かが千尋の腕を掴まえ、引き寄せられた。 誰? 佐々木は少し離れた場所に立って驚いた表情をしてこちらを見ている。 「姫……大丈夫ですか?」 聞いた事がある声…… 「は?此上!!!なんで!!!」 千尋を抱き寄せた人物は此上だった。 しかも劇の舞台に立っている。 そして、騎士の衣装を着ているのだ。 千尋には何がなんだか理解出来ずにフリーズ。 騎士の格好をした此上は腰につけている剣を抜き、佐々木に向けた。 「姫に手を出すとはたいした度胸だな……私は姫を守るよう王様に命令された者……私の許可なく姫に触れる事は許されない」 凄い気迫で迫るものだから佐々木はその場にぼう然と立ったまま…… そして、此上は千尋の前に膝まづくと、 「姫……私が一生お守りします」 と手の甲にキスをした。 その瞬間、物凄い拍手と歓声が体育館に響いた。 此上はフワリと千尋をお姫様抱っこすると、そのまま舞台を降りた。 その間も歓声が凄かった。 舞台の裏側、千尋を降ろすと「怪我してないか?」と聞く此上。 千尋の顔が赤い。 「顔赤いぞ?大丈夫か?」 此上は千尋の額を触る。 「此上……なんでいるんだよ!!」 「なんでって?劇の事なら神林くん経由で聞いてたし、千尋探しに教室行ったら騎士役の生徒がお腹痛いとかでパニックになってたんだよね、面白そうだから代役するって言ったらオーケー出たんだよ、千尋の学校緩くていいね」 ニコッと笑って説明された。 「千尋が嫌がるから何かあるなって思ってたんだよな……凄い可愛い」 此上は千尋の頭を撫でる。 「後で写真撮っていい?」 「いやだ!もう脱ぐ!!」 千尋は叫んだ。 隠していたのに!!見られたくなかったのに!!! 恥ずかしくて死ねる!! そして、手の甲にキスされた時にちょっとドキドキしてしまったのも何だか恥しい。 女子みたいに騎士にときめいてしまった…… いや!違う!あれは落ちそうだったからドキドキしたんだ! 俺は此上なんかにときめかない!! 絶対にときめいてなんかいない!! 心で叫ぶ千尋だった。

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