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「別に、お前がしたことで泣いたんじゃねえし。ってか泣いてねえし」 「……その面で泣いてねえは無理だわ」 「うるせえ」  手当てを続ける佐野の手は、口調や態度とは真逆でやたらと優しくて笑える。誰だよお前、って。  その面、と言われてまだそんなに酷い顔をしているのかと気にはなったものの、狭い個室に当然鏡はないし、両手は手当てを受けていて目元を拭うこともできない。  身じろぎする俺を、唇を片方だけ上げた憎たらしい笑みを浮かべて見つめ、佐野は続ける。 「どこまで、お前が笑ってられんのか確かめたかったんだ」 「……どこまでって?」 「"いつだって弱音を吐かずに誰からも頼りにされている神谷悠紀"ってのが、どこまで持つか」  手当てを終えた、ガーゼと絆創膏塗れのぶっさいくな俺の掌と膝小僧。  間抜け過ぎて、乾いた笑いが漏れた。 「何だよそれ、あほくさ」 「真壁がいつも言ってたんだよ。同い年だけど、いつも叱ってくれて兄貴みたいだって」 「……」 「まあ、それがフェイクなのはもう判ったけどな」 「フェイク?」  早川に借りた救急箱を片すと、佐野は立ち上がりながら俺を見下ろした。  灯りは天井に吊るされた間接照明のみで、逆光になってしまった今、佐野の表情が判らない。 「本当のお前は、泣き虫で弱くて、本音のひとつも口に出来ない――とてもじゃないけど頼りになんかならない情けない奴だって」  と。冷淡な言葉を言い放った表情が。  パシン、と閉められた扉。  散々色んな人に踏み鳴らされてきたカーペットが、佐野の足音をいくらか消している。それでも、奴の靴底はゴツ、ゴツと鈍い音を響かせて遠ざかっていく。  ……泣き虫で、弱いってさ。  真新しいガーゼで覆われた手を目の前に持っていき、そっと目尻を撫でた。  ピリリ、と小さくて鋭い痛みが走り、擦りすぎた皮膚がめくれているのだと気付いた。  ついでにいうと、やけに瞼が重たくて今すぐにでも布団にダイブして夢の国に旅立ちたい。 「……言うとおり、だわな」  この姿を、情けないと言わずして何と言うか。  重い息を吐き出すと同時にソファに身体を預けて目を閉じた。  俺だって、こんな自分、今まで知らなかったよ。  こんなガキで情けなくて泣き虫で、弱っちい自分なんて、知りたくもなかったよ。  両手で顔を覆うと、消毒液の匂いがツンと鼻をつき、泣きたいのか怒りたいのかわからなくなってきた。とりあえず臭い。

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