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「チケット取るコネでもあるかと思ったのに」 「チケット?」 「そ、好きな歌手がいんだけど、全っ然取れねえの!!」  俺の言葉を繰り返した佐野は目を丸くして顔を覗きこんできた。  好きなのか? と、問い掛けて。  上がったままの息を整えつつ噛まれた肩を押さえて頷いた。勢いよく、めちゃくちゃ好きなんだと続けて。 「ゲーノー人のこととか、その歌手と人気のお笑い芸人くらいしかわかんねえし」 「あっそ」 「だから、お前のことなんか知らねえよ。今の、くそ性格悪くて、意外と料理上手くて、実は甘えたがりの佐野郁斗のことしか」 「甘え、」 「合ってるだろ」  また、佐野の喉がぐうと鳴った。どうやら図星を指されて返す言葉もない時、こういう反応になるらしい。  なんだか上手になれた気がして、ちょっと気分いい。  乱れに乱れた髪をもう一度ぐしゃりと掻き混ぜ、抱き寄せた。  ……何だろうな。偉そうなこいつが見せた、弱弱しい姿が焼きついて離れない。  俺よりもずっと大きいのに、小さな子どものようなこいつが、今にも泣きそうで。 「神谷くん優しさ押し売りキャンペーン中だ。思い切り甘えとけ」 「……きも」 「うるせえ」  吐き捨てておきながら、息が苦しくなるくらいにぎゅうっと抱きついて縋るこいつが、放っておけなくて。  やたらと綺麗で物が少なくて閑散としたこの部屋が寒くて寂しくて。  こんな場所でずっと独りで過ごしてきた佐野の心の隙間が、少しでも埋まればいいと強く抱き返してずっと背中を撫でた。  佐野の震えが止まるまで、ずっと。

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