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第35話 甘い果実の香り 5
「雪のキスは甘い匂いがするよな。ストロベリーのすごい美味しそうな匂い」
「あ、そんなにリップの匂いきつかった?」
「いや、すぐ傍にいてほんのり匂うくらい。でもいつも匂いがするたびにキスしたくて堪らなかった」
隣で一生懸命に勉強している雪近の傍で、いつもドキドキしていた。鼻腔をくすぐる甘い香りに誘われて、柔らかな唇に見とれてばかりで、やましい自分に呆れてた。同じような匂いを感じるたびに雪近を思い出して、想いを募らせて、お守りみたいにストロベリーのリップバームを持ち歩いていたこともある。
「リップ塗り立ての時はほんとかぶりつきたい気分だった」
「そんなに?」
「ああ、すごい堪んなかった」
「ごめん、いまご飯食べたばっかりで匂いしないけど、もう一回キスしていい?」
「いいよ」
真面目な顔をして見つめてくるから、思わず笑ってしまった。だけど嬉しくて両頬を包むとそっと雪近を引き寄せる。やんわりと触れる唇からは甘い香りはしなかったけど、なんだかひどく甘やかで何度もついばむように口づけた。
「あ、そうだ。ケーキは苺のショートケーキ。特別に苺を増し増しにしてもらった。お前、食べるのも好きだろ?」
「うん、好き」
「小さいホールケーキだから四等分にして、半分は夜にでも食べよう」
優しい眼差しに見下ろされて、自然と口元が緩んでしまう。でもほんの少しだけ気恥ずかしくて、誤魔化すみたいに目を伏せた。だけどまっすぐに視線が想いを伝えてくる。その想いに胸がはち切れそうなほど鼓動を速めた。
「大悟さん」
「なんだ?」
「俺のこと、好きでいてくれてありがとう。諦めないでいてくれて、ありがとう。俺、絶対に大悟さんのこと大事にするし、ずっと傍にいるし、ずっと好きでいる」
「……当たり前だ。誰が手放してやるかよ。もう俺は絶対に離さないからな」
「うん、嬉しい。大悟さん、大好き」
ふやけたように笑ったその顔が可愛くて、伝わる好きの想いに溺れそうなほど浸って、感情があふれてこぼれ落ちそうになる。好きでいてよかった。諦めないでよかった。――想いを伝えてよかった。
もうきっとこれ以上の恋は出会えない。甘い果実の香りに誘われて、心が引き寄せられたあの時から、胸の中にあるのはずっとずっと一人だけ。これからもそれは変わらない。
甘い果実に誘われて/end
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