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第34話 甘い果実の香り 4

「え? いや、なんでもない。ケーキな。ちょっと待ってろ」  気にしないとか言いながら、結構気になるもんだな。雪近の初めての相手ってどんなやつなんだろう。初めてキスしたのはいつだろう。なんかやばいくらいに悶々としてる。あ、これはかなり悔しいんだ。 「大悟さん、なに考えてるの?」 「……っ! び、びっくりした。いきなり背後に回るなよ」  冷蔵庫の前でぼんやりしていたら、耳元で声が聞こえて腰の辺りに手が回った。背中に感じた気配に肩を跳ね上げると、回された腕にぎゅっと抱きしめられる。後ろから頬にすり寄ってくる雪近に思わず大きな息を吐き出してしまった。あからさまに態度に出過ぎだ、俺。 「なに考えてたの?」 「あー、んー、いやー、なんて言うかちょっとした嫉妬って言うか。雪のことが気になって。でも、気にするな。それ言ったら自分はどうなんだって感じだし」  自分だって雪近が初めてなわけじゃない。付き合ったやつもいれば、付き合ってなくても寝たやつだっている。雪近だけに理想を押しつけるみたいな考え方はおかしい。確かに俺のことを好きだったのに、ほかのやつと関係を持っていたって考えると気持ちがざわつくけど。それは想いを言葉にしなかった俺も悪い。 「んーと、初めては、高校三年の初め頃。よくある出会い系サイトで、大悟さんに似ている人がいて、興味本位で」 「雪、いいよ。言わなくて」 「それでちょっと味を占めて、結構頻繁に相手を探してた。やる時は大悟さんのこと想像してするから、上でも下でもどっちでもよくて」 「もう、いいって」 「でもね、キスしたのは、大悟さんが初めてだよ」  少し切ない声で囁かれて、ふいに伸ばされた手に顎をすくわれる。驚いて振り返る前に顎を引き寄せられて唇にぬくもりが触れた。覆い被さるように口づけられて、唇を食まれて、耳まで熱くなる。  雪近と初めてキスをしたのは、二ヶ月前だ。告白の返事をくれた時に、好きだよって優しい声で囁いて、そっと口先にキスをくれた。照れたように微笑んだ雪近の表情はいまでも覚えている。 「キスはね、好きな人としたいって思ってたんだ」  見上げた顔はちょっと泣きそうに見えた。だから両腕を伸ばして抱きしめた。目いっぱい抱きしめたら、雪近もそれに応えるように強く抱きしめ返してくれる。

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