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7.月曜日、昼休みデート
月曜日の朝。目を覚ますと、速水は既にいなかった。居間の机の上には1人分の朝食と鍵とメモ。メモには丁寧な字で『あまりにも起きないので、先に行きます。ちゃんと朝食は食べてくださいね。あと、鍵はあげます。』と書かれていた。
時計を見ると、7時前。──確実に遅刻だ。俺は漣に代理をするようラインし、ゆったりとした朝の時間を過ごす。
今日の朝食も中々美味だ。少し時間をかけて味わい、学校に行く準備を整える。今から行けば2時間目の開始までには学校に着くだろう。
荷物を持ち部屋を出て、貰った鍵で扉を閉め、エレベーターに乗り込む。
「ん、次郎からラインか」
エレベーターの中でスマホを確認すると、次郎から金曜日の夜の件でラインが来ていた。あの後、秀はしばらく滞在していたらしく対応が大変だったようだ。しかも、また来ると言われたという。ご苦労様。
俺はエレベーターを降りると、いつものようにのんびり向かい、保健室に着く。そこには漣がいた。
「よ、漣」
「おはよ、しょーちゃん。金曜日大変だったんだって? ツバキからライン来てたよ」
「漣にも報告したのかよあいつ……」
「そりゃするでしょ」
「まあいいか。漣、代理ありがとな」
「ううん、別に大丈夫だよ。まだ誰も来てないし」
「そか」
確かに今日は5時間目以外は病人を待つしかないだろう。一番暇な日だ。
俺は漣と話ながら昼まで過ごす。とはいえ、9時過ぎに来た為あっという間だったが。
漣は昼になると、逃げるように帰っていった。美人な患者さんの予約が昼過ぎに入っているらしい。美人に目がないやつめ……。
「あ、そういえば昼飯──」
「先生! お昼ご飯、一緒に食べましょう」
「お、おう」
満面の笑みの速水が現れた。先週は一緒に食べなかったのに、急にどうしたのだろうか。……生徒会の仕事は大丈夫なのだろうか。
とりあえず俺専用スペースに招き入れ、ソファに座らせる。俺がその横に座ると、速水はぴったりくっついてくる。
「速水、近い」
「翔馬さん、あーん」
「……! 」
いつの間にか名前呼びされてるし、しかもあーんだと……!? 無理! 恥ずかしい! あいつともしたことねえぞ、んなこと……。
「ほら、口を開けてくださいよ。じゃなきゃ、食べさせませんよ」
「いい、自分で──」
「あ、ごめんなさい。箸、俺のしかないんですよ」
「……はあ? 」
「素直に口を開くか、それとも、手で食べます? 」
「分かった、分かったから」
速水の意地悪に仕方なく口を開ける。速水はそれを見て、笑顔になる。
その後も、速水が食べさせてくれた。時折速水が食べているため途中からは間接キスしていたことになったが、気にしないことにしよう。
完食した後も速水は昼休みが終わるギリギリまで居座り続けた。特に会話もなく、速水が俺を見ていただけだが。
チャイムが鳴り、保健室を出るとき速水は笑顔で言った。
「明日も昼休みデート、しましょうね」
──デート、だと? あれが? 俺は思わず首をかしげた。
放課後。速水はHRが終了して5分足らずでやって来た。笑顔の彼は保健室に入るなり、とんでもない提案をした。
「今日から1週間で構いません。試しに付き合いませんか? 」
「……は? 」
「ほら、この間みたいな事もありますから彼氏はいた方がいいでしょ? 」
「いやそっちの方が──」
しかしそこでふと考える。俺がもう眼中にないと分からせるには、ちょうどいいんじゃないだろうか。それに、速水はまだ高校生だ。俺が本気になるわけもないだろうし、1週間も付き合えば満足してくれるはずだ。
「まあ、1週間なら──」
「ありがとうございます、翔馬さん。じゃあ、名前呼びでお願いしますね」
「うっ……ま、まあ、仮とは言え、彼氏だからな……は──健二」
「はい、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
速水はにこりと微笑んだ。
──漣視点
島崎さんの診察が少し長引いた為、昼休憩が短くなってしまった。まあでも島崎さんは美人だし、話が面白いし、別に構わないんだけど。
とりあえず何か食べよう、と院内の売店に向かうと会いたくない男に会ってしまった。
「久本……! 」
「あ、漣。そっか、ここ君の父親の病院だもんね。これからよろしく」
「──月曜日から内科に代理で1人来ると聞いていたけど、まさか久本とはね。何、しょーちゃんを追いかけてきたわけ? 」
「そうだけど、悪い? 」
「ああ悪い。例え久本の腕がよくても許せない」
「ふうん。まあいいか」
久本はそのまま去ってしまう。ああもう! 結局ほとんど昼休憩無いじゃないか!
夜。診療も終え、僕は院長室にいる父親の元に向かった。久本について聞くためだ。
「父さん、どういうこと? 何であの久本がいるわけ? 」
「何でって……森岡先生の代わりを探していたら、彼の出身大学の付属大学病院で見つけた。森岡先生と仲が良かったそうで、しかも彼が担当していた患者全てを引き受けてくれると言ってくれた」
「はあ……それなら文句無しだよね……」
「いきなりどうした。久本先生に何か言われたか? 」
「何か言われたっていうか……彼さ、しょーちゃんに近づくために来たみたいなんだよね。高校に潜入するのは無理でも、ここなら人材不足にしょっちゅう陥ってるから潜入は可能。本当、ずる賢いよ……」
「あー、翔馬くんと何かあったのか……それなら代理を探すが……見つからないと思うぞ」
「うん、それは分かってる。とりあえず森岡先生の復帰が早まることを祈るばかりだよ」
「そうだな……」
僕は院長室を後にした。父親の言うことは最もだと感じた。
僕に次いでこの病院で優秀な医師である森岡先生は、先日事故に巻き込まれ、現在入院中だ。(しかもここよりもっと立派な病院に)その為、代理を探したが、森岡先生の代わりとなるような先生は大抵出世欲の強い傲慢な野郎ばかりでダメだった。そこで最後の希望として、森岡先生の出身大学を頼ったわけだ。しかし、森岡先生は僕や久本と同じ大学の出身だ。だから悲劇が起きた。
僕はため息をつき、帰ることにした。
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