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8.火曜日、姉の襲来
速水が彼氏(仮)になった月曜日は、まるで当然と言わんばかりに速水の自宅に一緒に帰った。土日の埋め合わせのつもりか、速水はやたらとベタベタしてきた。気分が悪くなりそうだった。
しかも寝るのも一緒で、俺は、勘弁してくれ、と心で悲鳴をあげた。
そして翌朝。俺は朝食を食べながら、速水に一番の疑問をぶつけた。
「そういえばは─、健二、寮はどうしたんだ」
「ああ、それなら引き払いましたよ。本来なら難しいことですが、札束を3つ程積んだら許可してくれました」
「ヒッ……」
マジかよ、と天を仰ぐ。寮の管理人は高校管理職の中でも唯一、俺ら理事長一族とは親戚関係にはない。だからこそお金には弱いのだろう。盲点だった。
「あ、でも、理事長には黙っておくこと。分かりましたか? 」
「そもそも会わねえし、連絡もしてねえから安心しろ。あいつ喋りだしたら止まらないんだよ」
「それなら良かった」
朝食後。俺は速水より先に速水の自宅を出た。いくらマンションが同じでも、一緒に登校というのはさすがにおかしいだろうと判断したまでだ。
マンションを出ると、マンション前ではなぜか漣が待ち構えていた。珍しい。今日は朝からサボる気だろうか。しかも漣にしては暗い顔をしている。
「どうした、漣」
「……しょーちゃん、大変なことになっちゃったよ」
「何が大変なんだ」
「久本が、入院してる医師の代理で僕の病院に勤め始めた。優秀な医師なんだってね、彼。知らなかったよ」
「あー……」
確かにあいつはかなり優秀な医師だ。付き合っていた頃は俺がなるべく家にいるよう頼んだぐらい、忙しかった。
大学もかなり優秀な成績を修めたと聞いている。2年前まで自慢の彼氏だった。
久本が漣の勤める病院にいる。それはかなりマズイことだろう。病院で誰かいい人を見つけてくれたらいいのだが──。
とりあえず、2人でいつものように学校に向かう。久本については、まあ追々考えよう。
保健室に着いてからはいつもどおりだった。しかし──昼休み。女子達に紛れ、速水がやって来た。
「先生、生徒会室にでも行きましょうか」
「お、おお……」
女子達の視線を感じながらも、速水と共に生徒会室へ。生徒会室は特別棟の2階にある為若干遠いが、約5分でたどり着いた。
生徒会室には誰もいない。つまり2人きりだ。
「先生、こっちですよ」
「ああ。──って、何だこりゃ」
「生徒会長の部屋です。保健室にある先生のスペースと似たような感じです」
「へえ」
生徒会室の右側の壁にある扉を開けると、部屋があった。生徒会長がそれなりに権限を持つとは聞いていたが、ここまで至れり尽くせりとは……。
部屋の中にあるソファに座り、昨日と同じように昼食を食べる。朝御飯はメニューがメニューだったからしなかったが、速水の中では最早当然のようだ。
しかし違ったのはこの後だ。お茶を飲んでゆっくりしていた時だった。
「先生、こっち向いてください」
「はあ? な──」
速水はいきなりキスをしてきた。しかも、今までより深いキスだ。舌を無理やり入れてきて、俺の舌と絡めたりしてきた。呼吸が苦しくなってきてからようやく解放され、呆然とする。
その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、速水は何も言わずに教室に戻っていった。
俺も戻ろうかと立ち上がると、ポケットの中のスマホのバイブが振動した。何事かとスマホを見ると、三番目の姉からのラインだった。彼女は一番不真面目で、ホスト狂いな割には仕事が長続きしない為母さんによくお金をねだっている。
どうせしょうもないことだろう、とラインを見てみる。
『頭冷やしてきなさいって母さんに叱られたから泊めて! ていうか泊めろ』
金銭感覚がおかしくて尚且つ優しい母さんでも、とうとう姉さんに怒ったらしい。しかも姉さんを追い出すとは……。
ラインのこの命令口調。このままだと間違いなく、保健室に突撃してくるだろう。それは避けねばならない。
『分かった、今から家に戻るからマンションのロビーで待ってて』
『ありがとう!! しょーたん大好き! 』
次いで漣に姉の対処をするために一旦帰宅することをラインする。放課後間に合わなかったときは速水にちゃんと事情を伝えてほしい、ともラインする。
本当、面倒な姉だ。
マンションのロビーに向かうと、相変わらず派手な格好をした千春姉さんが旅行鞄片手にソファに座って待っていた。俺に気づくと、飛び付いてきた。(ちなみに姉の方が10cmデカい上、今はハイヒールも履いているから更にプラスアルファされる)当然バランスを崩しかけるが、何とか耐える。
「千春姉さん、離れろ……! 重い、デカい……! 」
「あっ、ごめんごめん。しょーたん、抱き心地がいいもんだから、つい」
「全く……。ほら、行くぞ」
「はぁい」
エレベーターで5階に上った後、大人しくついてくる姉には見えないようロックを外し、部屋の中へ。久しぶりに入ったが、速水のおかげなのか、やたらと綺麗になっていた。
それを姉はかなり不思議がったようだ。
「うっわ、生活感なーい……あんたどうやって暮らしてるの? 」
「悪かったな、生活感無くて。普通男ってのは自炊しねえんだよ」
「あ、そうだよね」
「いいか、姉さんはしばらくここで好きに暮らせ。俺は姉さんがいる限り帰りはしないから自由にしろ。後、出かけることは極力控えろ。食材ならネットで頼んでいいから」
「分かった」
「じゃ、俺は戻るから」
「えぇー、たまには話そうよ、しょーたん! 」
「断る! 」
姉をどうにか振りほどき、俺は部屋を出る。良かった、あまり時間がかからなかった。俺は安堵して学校に戻ることにした。──だが。
『今、久本が来ちゃった』
──漣からとんでもないラインが来たのだっ
た。
──漣視点、少し前
『千春姉さんの対処をするから少し学校を出る』
『もし放課後まで戻らなかったら、速水にはきちんと事情を伝えてほしい』
昼休みが終わった後もしょーちゃんが戻らないから心配していたら、ラインが来た。どうやら3人いるお姉さんの内、一番迷惑極まりない3番目の姉・千春さんから何か命令されたようだ。しょーちゃんは末っ子だから、逆らうのは残念ながら無理な話だ。
火曜日は午後には体育が無いから、体調不良な生徒が来ない限り保健室は暇だ。そんな日で良かった、と安堵したのも束の間。保健室に招かれざる客が現れた。
「翔馬、遊びに来たよ」
「久本……」
なに食わぬ顔をして久本が現れた。確か今日は、久本はかなり忙しいはずだ。というか、引き継ぎをしたばかりだから、病院から抜け出すのは不可能だろう。それに、看護師からも大人気だし、ここに来るのは無理がある。
「おや、何で君がここに? 」
「それはこっちのセリフだよ、久本」
「ああ、俺はね、午後に予約が無くなったから遊びに来ただけだよ」
「無くなった……? 」
「都合が悪くなった、って患者さんからさっき連絡が来てね。これはラッキー、と思って遊びに来たんだ」
「へえ」
僕はスマホを取り出し、漣にラインをする。目の前に久本がいるからなるべく手短に入力し、送信した。そしてすぐにスマホをしまう。
「僕は理事長から許可を得ているけど、久本、お前は許可を受けていないだろ? 連絡したらすぐにでも──」
「それは出来ないよ。だって、俺には花梨がいるから」
「あ……」
そうだ、迂闊だった。妹がいるのだから、いくらでも言い訳は出来る。僕は久本の巧妙な策にしてやられたわけだ。
「ところで翔馬はいつ戻る? 」
「うーん、放課後、かな……」
「そうか。それなら待つ」
「ああでも、待つならそこの個室にでもどうぞ。掃除の時間に来た生徒がびっくりしちゃうから」
「分かった」
久本は存外素直に従った。
それから僕は掃除時間まで備品整理をして過ごし、掃除時間に現れた生徒の対応をした。しょーちゃんは面倒だからと最低限にしか接しないけど、僕はむしろ積極的に接する。だって、楽しいから。
そして放課後。当然しょーちゃんはまだ戻ってこない。代わりに速水がやって来た。その扉が開く音に久本は反応し、個室から出てきた。
「先生! ──って、何であなたが」
「おや、君はいつぞやの……」
当然険悪な雰囲気になる。僕は2人をしょーちゃん用スペースから見守ることにした。
「ここ、部外者は立ち入り禁止ですよ」
「俺には妹がいる。だから部外者とはならない」
「そんな言い訳は通じませんよ。だって俺は花梨さんより権限がある生徒会長ですから」
「だから? 」
「この高校はね、生徒会長もある程度権限を持つんですよ。あなたを追い出すための警備員だって呼べるし、それに俺はそもそもお金持ちの息子だ。俺が本気で怒る前に去ってください」
「──ちっ」
久本は舌打ちをし、出ていった。速水、凄い……!
僕はスペースから出ていき、話しかける。
「速水凄いね」
「いえ。それよりも、先生は? 」
「お姉さん対応の為午後からいないのと、久本がいるから戻ってない」
「お姉さん対応? 」
「あー、えーと、しょーちゃんには3人お姉さんがいるんだよね。その内の3番目の姉、千春さんに何か命じられたみたい。でも心配しないで。そんなに無茶な命令ではないから」
「そうですか」
「もしかしたら、君の家にいるかも! それなら、ほら! 」
「分かりました」
僕は速水を帰し、自分も病院に戻ることにした。
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