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9.水曜日、理性と本能
結局昨日、俺は速水と顔を合わせるのが気恥ずかしくて駅前のホテルで一夜を過ごした。速水の部屋に行こうとした時に昼休みのことを思い出し、気恥ずかしくなった。それに帰ったら何をされるのやら分からないし……。
朝。学校に行くのは気が向かなかったが、休むわけにはいかない。水曜日は漣が代理をしてくれない日だからだ。(手術日らしい)
学校に向かっていると、千春姉さんからラインが来た。どうやら、そこそこ高い俺のマンションでかなり快適に過ごしているようだ。いつか彼と結婚したら住みたーい、とまであった。(勘弁してくれ)
保健室に着き、白衣を着る。ふと棚を見ると綺麗に片付けられている。漣の仕業だろう。基本的に、学期末に委員長が文句言いながら片付けるだけで普段は散らかり放題だ。さぞ片付けがいがあっただろう。
ちなみに今日もとことん暇だった。昼休みまで保健室を訪れる人はさっぱりいない。もうすぐ11月だからそろそろインフルエンザ患者でも来るのでは、と身構えてはいたがいないようだ。
昼休み。今日現れたのは、速水ではなかった。
「はい、先生、お弁当」
「ええと、副会長さん……? 」
「赤坂莉菜です。赤坂で構いません」
「赤坂。速水はどうした」
「理性が抑えきれなくなると授業に影響するから、と自重しています。多分押し倒したくなるのでしょうねえ」
「……」
赤坂はさらりと恥ずかしい言葉を並べ立てた。──副会長だし、色々と聞かされているのだろうか。
赤坂は普通に保健室の中に入ってきた。今日は速水の代わりに共にする気のようだ。
彼女は俺と向かいあってソファに座り、お弁当をひろげて食べ始める。俺もそれに続く。
「生徒会長からの命令なんです。あなたを守るように、と」
「守るって……」
「元彼の久本さん。彼からです」
「そのことも知ってるのか……」
「ええ、まあ」
ニコニコと微笑む赤坂は、姉とは違う真面目で優しい人なのだと改めて感じた。女子とお弁当だなんて、気持ち悪くて無理だと思ったが、赤坂とのは楽しい。
あっという間に食べ終わった後も赤坂は昼休みギリギリまで残ってくれた。他愛ない会話が心地い。
「それじゃ、放課後は覚悟してくださいね」
赤坂は保健室を出る前、速水の声を真似て彼の言いそうな事を言ってのけた。
そして放課後。速水から、今日は帰宅してくださいね、とラインが来た。いや仕事放棄じゃ、と返事しようとしたら、今度は写真が来た。保健委員長と赤坂が怪我人の対応をしている写真だ。……いつのまに。
二人がやってくれてるのなら、とマンションに帰宅する。するとロビーで母さんと鉢合わせした。
「母さん、どうしたんだ」
「ああ、翔馬。千春、あなたの部屋にいるのでしょう? 言い過ぎたって謝りに来たのよ」
「いやいや、怒って当たり前だから」
「そお? でもでも千春がお昼時に、10万頂戴、って言い出したのよ。それで空腹でイライラしていた私はつい、うるさいわね頭冷やしなさい! って怒鳴ったの。10万ぐらいどうってことないのに……」
「いやそれおかしいから」
「とりあえず、家に入れてちょうだい」
母さんを5階にある家に入れ、俺はさっさと後にする。姉さん達以上に母さんは苦手だ。いつもニコニコしていて優しいのだが、天然というか何というか……。父さんとは別の意味で話しにくい。
9階の速水の家にまっすぐ向かい、中に入る。速水は既に待ち構えていて、抱きついてきた。
「う、わ、ちょ……」
「昨日何で帰ってこなかったんですか? ……まあ、おかげで頭は冷えましたけど」
「いや、その……な……」
「そう怯えないでください。木曜日までは我慢しますよ。だって、腰が痛いからって学校を休んだら寂しいじゃないですか」
「……考えてるんだな、一応」
「ええ、まあ。でも──キスはさせてくださいね」
そう言うと速水は、玄関先だというのにキスをしてきた。昨日もしたような、あの深いキスだ。昨日は驚いていたから味わう余裕なんて無かったが──速水は未成年だからか、あいつよりも綺麗な味がした。
長くて深いキスが終わり、ようやく中に入ることが出来た。俺は鞄をリビングに置くと、ソファに寝転がり、速水の夕飯を待った。
いつもの美味しい夕食を食べたあと、お風呂に入っていつも通りにベッドへ。しかしふとあることが気になった為、眠気を我慢して寝たふりをすることにした。
速水ははじめて一緒に寝て以来(変な意味ではなく)、俺より早起きだ。だからどこで寝ているのかは分からない。そもそもここは普段使われていない客間だ。まさか速水が来るはず──。
「ふぅ、そろそろ寝ようかな」
俺が布団で眠気と闘い始めて30分程して、速水は客間に現れた。──まさか、本当に?
速水はためらわずにベッドに潜り込んできた。やっぱり、あの日みたく抱き枕にする気なのだろう。
「先生、暖かい……」
俺を抱き締めたあと、ふふ、と速水は耳元で笑った。ぞわっとしたが、眠気に抗えなくなりあっという間に意識は無くなった。
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