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10.木曜日、久本の事情

莉菜視点  木曜日の昼休み。私は隣のクラスの久本花梨を生徒会室に呼び出し、話をつけることにした。黒瀬先生を久本秀という男から守るためには、まず彼女を引き離さなければならない。しかし、彼女は学校に現れるタイミングが分かりにくい故に、捕まえるのは野良猫並みに難しかった。  現れた彼女は、サイドテールにした茶髪(地毛だと申請書には書かれていた)に校則ギリギリのスカート丈という出で立ちだった。まずそのことについて問い質したいが、グッと我慢する。 「何の用です? 」 「あなたのお兄さんについてよ。お兄さんに黒瀬先生の情報提供をすることでいくらもらっているの? 」 「あー、あのバイト? 確か……3万」 「へえ。じゃあもしその倍を私が払うって言ったら? 」 「おにいとは別に仲良くないし、金くれるって言うんならあんたに従うよ」 「あら、本当? 」 「でも、ほんとにまだ学生のあんたが6万も──」  私はあらかじめ用意していた札束から6枚抜き取り、花梨に手渡す。彼女は目を丸くして札束を眺めている。  私は花梨についてあらかじめ調べたのだけど、彼女の父親の会社が最近危ういというのが分かった。そのせいで花梨はお金があまり無いと嘆いているようで、2学期の初め辺りに兄からの提案されたあのバイトにお金目当てで飛び付いたのだろう。  6万を大事にポケットにしまった彼女は、質問を投げ掛けてくる。 「それで? どうすればいいわけ? 」 「あなたのお兄さんを黒瀬先生からなるべく引き離して欲しいの」 「どうして? 」 「お兄さんのやっていることはズバリ、ストーカーよ。その気になれば訴えれるけど、黒瀬先生からしたら元彼を訴えるのは気分が良くない。だから、私達で引き離すしかないの」 「あー……なるほど……。じゃあ、お姉ちゃんに電話しておにいを呼び出すよう提案しようかな。そもそも会社が傾き始めたのも、家を出ていったおにいが悪いんだもん」 「そういえば御曹司なのにわざわざ道を外れてるわよね、あなたのお兄さん」 「私、13も違うからよく知らないけど、お父さんから聞いた話だと運命の相手がいたからだとか」 「ますます分からないわ……」  私は頭をかかえる。  そういえばあいつが一昨日には学校にまでやって来たと聞いた時には本当にびっくりした。自分から振っておいて未だに執着するだなんて。──いや、運命の相手……? まさか、いや、そんな……。 (もしかして、振ったのはわざと? )  しかしバカな推論だとすぐにかぶりを振る。すっかり打ち解けた花梨ともっと詳しい話がしたいと思い、ラインを交換した。 「もう昼休みも時間はないし、寮で夕食でも食べながら話そうか、副会長さん」  花梨はそう言って、にかっと笑った。  放課後。私はいつものように代理保健室での仕事を終え、寮に戻る。会長が積んだお金のおかげか、最近やたらと生き生きしている管理人さん(慣れない笑顔がちょっと気持ち悪い)に挨拶をし、私は自分の部屋へと向かう。  生徒会特権で、私は個室を与えられているので当然誰もいない。荷物を置き、私服に着替えてから夕食の時間まで勉強をすることにした。  18時。お腹が鳴ったので勉強の手を止め、ラインを確認する。ちょうど花梨からラインが来た。 『今から夕食、どう? 』 『ちょうどお腹も空いているし、行くわ』 『じゃあ、食堂前で待ってるね』  お財布とスマホを持ち、寮の近くにある食堂に向かう。基本的に私は自炊だけれど、たまに使う。パスタが中々に美味しいのだ。  食堂前では、私服姿の花梨がいた。いわゆるお嬢様って感じの長袖ワンピースに、カーディガンを羽織っている姿。靴も有名ブランドの物だろう。 「今日は私が払うわ」 「さっすがお嬢様! 太っ腹ね! 」 「あなたも前まではそうだったはずだけれど? 」 「いやー、今は学費だけでもギリギリで、私のお小遣いは止められているの。だから、学校休んでバイトしているわけ」 「へえ。だから出現率が野良猫並みに気まぐれなわけね。やっと理解できた」 「さ、早く入ろっか」 「ええ」  私は花梨を伴って、奥のソファ席に座る。生徒会の話し合いでも使われる、特別席。花梨みたいな一般生徒が座ることはまずないだろう。だから花梨は嬉しそうに、ソファのふかふかさを楽しんでいる。  私と花梨はそれぞれメニューから頼む。私はきのこパスタで、花梨はステーキセット。おごりだからか、結構高いのを頼んだらしい。まず私は少食でお肉が苦手だから、ちょっとびっくりした。  約20分後。頼んだメニューが運ばれてきたので、食べながらそれまでの雑談から切り替えて本題に入る。 「ねえ、気になったけど……あなたのお兄さんは黒瀬先生を振った後何していたの? 」 「確かお姉ちゃんが探偵使って、おにいの居場所を突き止めていたはず。私は学業が忙しいからあまり知らないけど、それから1年以上は監視されていたんじゃないかなあ」 「そう。それで……」  急に現れたのはそういうことか、と私はうなずく。でも会長には伝えるべきではない情報だ。暴走したら大変だし……。 「ああ、それとね、お姉ちゃんに電話したら、監視を再開してくれるって言っていた。病院勤めだから厳しいけど、病院もどうにか味方にするとか」 「それは助かるわね。あなたのお姉さんにもお金を払わなくちゃ」 「本当、お金持ちなんだね」 「会長と比べたらたいしたことないのよ」 「そうかな? でもそんな会長と幼なじみなんだし、それなりにお金持ちだよね? 」 「会長とは親同士が知り合いだからってだけよ」 「そんなに言うなら、まあそうなんだろうねえ」  夕食を食べながらそんな話をする。私には友達はたくさんいるけれど、花梨のようなタイプは珍しい。会長とのことも、久しぶりに話題に出された。  たわいもない会話を楽しみながら夕食をとり、完食した後寮の前で別れた。

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