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クリスマスイヴ・デート
明日は健二と二人きりで過ごす初めてのクリスマス。クリスマスの予定を空けるべく、次郎とはこの間久本の件のお詫びも兼ねてクリスマス会兼忘年会という名の飲み会もした。
しかし、健二は違うようだ。
「ごめんなさい、明日のクリスマスは予定があるんです」
「え? 」
すでに冬休みだし、大丈夫だろう──そう思っていたが、健二の家庭事情を忘れていた。そういえば、こいつはそうとうな金持ちだ。
健二によると、毎年赤坂の家族と一緒にクリスマスパーティーを開くという。会社関係者はもちろん、仲の良い政治家なども来るらしく欠席は出来ないとのこと。大変そうだ。
「なので、イブですけど今日目一杯デートしましょう」
「ああ、そうだな」
クリスマスイブにデートというのも、まあ今時珍しくはないだろうと思い頷く。クリスマスイブにデートをして、クリスマスは家族と過ごすなんて人もいるらしいし。(冬休み前にたまたま寄った職員室でそんな話題が盛り上がっていた)
健二は、俺のだらしない身なりを整えてくれて、それから荷物を準備した。
「さ、早く行きましょうか」
*
マンションの近くのバス停からバスに乗り、しばらくして着いたのは駅。健二は俺の手をぐいぐいと引っ張り、駅の裏側に向かう。最近出来た新しいショッピングモールに行くようだが……誰かに見られやしないだろうか。
「翔馬さん、安心してください。今のあなたはどう見てもあの黒瀬先生に見えませんから」
「そうか……?」
「人目なんて気にしないで、とにかくデートを楽しみましょう! 」
「ああ、分かった」
俺は健二の言うことを信じ、楽しむことにした。
まずはゲームセンターへ。やはりというか何というか、健二には馴染みがないらしく、ここではいつの間にか俺が色々と教えてやる形になった。クレーンゲームを笑顔で楽しむ健二につられ、俺も笑顔になる。
次に洋服屋さんへ。多分ショッピングモールの中では一番高いであろうショップに健二は普通に入っていく。さすがだ。クリスマスプレゼント、ということで健二が全身コーディネートしてくれた洋服類をプレゼントしてくれた。
その次にお昼ご飯を食べにフードコートへ。ゲームセンターと同じくどれもこれも健二にはもの珍しいのか、あれこれ質問された。しかし結局はうどんを食べることで落ち着いた。健二におごられてばかりでは悪いので、ここは俺が払う。
席に着き、ゆっくりとうどんを食べる。
「楽しいですか、翔馬さん」
「もちろん。こういう場所は面倒だからあまり行かないが、健二と一緒だとすっごく楽しいな」
「……っ! さらりと照れること言わないでくださいよ」
「そうか? 」
「あーあ、明日パーティーなんてなければ、いくらでもヤれるのになあ……」
「お、お前なあ……! 」
「で、これからどうしましょうか」
「どうするって、そうだなあ……」
「映画でも見ますか? たしか、父の知り合いの監督の映画が公開中だったかと。ここに赤坂と見に行けばいいよと渡されたチケットもありますし。あ、気にしないでくださいね。赤坂は映画が嫌いですから、こうして使っても構わないんですよ」
「へえ。そうなのか」
「じゃ、食べたら見に行きましょう」
つくづく、健二が羨ましい。俺の家も一応金持ちではあるが、昔から真面目な教育関係者ばかりだったせいか交遊関係はかなり狭い。だから、知り合いには映画監督はもちろん、芸能人なんていない。
空になった器を返却口に運び、それからフードコート近くにある映画館に向かった。
父の知り合いの監督、とさらりと言われたがいざ映画のタイトルを見て驚いた。これって、映画監督でありながら俳優でもあるあの人の最新作じゃないか……! 今かなり話題になっていて、DVD出たら見ようかなあと思っていたところだ。
ぼうっと、その作品について思いを馳せているといつの間にかチケットを交換してきた健二が戻ってきていた。
「──翔馬さん? 中に入りますよ」
「あ、ああ。楽しみだな」
「健二さん、こういう映画好きなんですか? 」
「んー、話題作だし気になっていた程度だな」
「へえ、そうですか。テレビ、興味ないんで知りませんでした」
「だろうな」
家にいても、健二は基本的にテレビを見ない。生徒会長でありながら学年一位を維持するべくほとんど勉強に勤しんでいる。まあ、たまに俺を弄ることもあるが……。
2番シアターの左後ろの方の席に座る。健二によると既に人がたくさんで、良い席は空いて無かったらしい。
映画が始まる。……確かに面白いが、右横に座る健二がなぜか限界まで近づいてきている。ちらりと見ると、いつの間にかうとうとしている。
再びスクリーンに目をやってしばらくして。肩に重みを感じたので、そちらを見ると健二がすやすやと寝ていた。どうやら、彼にとっては退屈のようだ。
まあ、そのままにしておこう……。
*
エンドロールが流れ始めても、健二は中々起きない。さすがにまずいと思い、揺さぶって起こす。小声ではあるが、声もかける。
「おい健二、起きろ」
「んー」
むにゃむにゃ言いながらも、エンドロールが終わる頃にはようやく起きた。はあ、全く……。
目を覚ました健二は苦笑する。
「やっぱりダメでしたね。実は俺も映画がダメなんです。幼いときから、興味がなくても散々見せられたからでしょうかね、あんまり好きになれないんです」
「へえ、そうなのか。それなら無理しなくてもよかったのに」
「……明日一緒に過ごせない分、今日は翔馬さんに合わせると決めてますから平気ですよ」
「……! 」
「わあ、翔馬さん顔真っ赤。可愛い」
「う、うるさい、さっさと出るぞ! 」
二人で映画館を出る。そのままショッピングモールも後にし、駅前のバス停に向かった。
この後はどうするのだろうか。健二を見ると、残念そうな顔をしていた。
「どうやらマンションに父が迎えに来るみたいです。翔馬さんは、帰った後マンションのロビーにしばらくいてください」
「……そうか、分かった」
「本当はもう少し一緒にいる予定でしたけど、父は今日の夕食も共にする気のようです。どうせ婚約者について一方的に話をするんでしょう。あー嫌だなあ。翔馬さんが羨ましいですよ」
「そうか? つーか、別に俺の父親は放任主義なわけじゃなくてな、大学生の時俺がゲイだとカミングアウトしたら近寄らなくなっただけだからな? 」
「へえ、それでも文句言われない分、いいじゃないですか。俺の父は変にプライドが高い上に、息子のことは自分のステータス程度にしか思っていない。この高校に進学したときなんか『俺の理想どおりに進んでいる』なんて言われたんですよ」
「それは……中々だな……」
「あ、バス来たみたいです。行きましょう」
少し寂しそうな顔をした健二は俺の手を引っ張り、やって来たバスに乗り込んだ。
*
帰宅後。言われたとおりロビーのソファに座っていると、高級車がマンションの前に止まった。そこから現れたのは、中々に渋い男性。俺の父親よりかは幾分か若いだろう。
「健二」
その男性、いや健二の父親はバリトンボイスで健二を呼んだ。ここからはよく見えないが、マンション前に立っていた健二はちょっと面倒そうに父親に近づいていった。
確かに、あの雰囲気からして頭が固そうだ。息子が男性と、それも年上の人と付き合っているなんて知ったら激怒するだろう。下手したら、こちらに対して何か圧力的なのをかけてくるかもしれない。
……今はそんな想像、やめておこう。せっかくのクリスマスイブなんだし、幸せだけを噛み締めておこう。
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