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雪を踏むタイヤの音に、高鳴っていた心臓は更に鼓動を強めた。
到着を待ちわびていた桂木 理津 は、旅館の渡り廊下を急ぎ足で進んでいく。
着物の裾が足にまとわりつき、思うように進まないもどかしさに、逸る気持ちが増すばかりだった。
すれ違う宿泊客に形ばかりの頭を下げ、理津は本館の玄関の手前で足を止める。
女将である母と話をしているスーツ姿の佳孝 を見つけ、そこにいるのを確認するかのように何度も瞬きを繰り返した。
一年前に会って以来で、内心は今すぐにでも駆け寄りたい。
それでもその衝動を抑え込み、理津は笑みを浮かべている佳孝をじっと見つめた。
見ない間に、少し老けたようだった。笑ったときに柔和な目元の皺が、以前よりも増えたようにも思える。それでも後ろに流している黒髪には、まだ白髪は見当たらない。
今年で四十になる佳孝だが営業職ということもあり、身だしなみもきちんとしていて若々しかった。
「取引先の帰りなんだ。雪で帰れそうもないから、泊めて欲しい」
佳孝はそう言って、困ったように笑みを浮べている。
それが嘘であることを理津は知っていた。佳孝からここに来る旨を既に伝えられている。それが嬉しくもあり、同時に罪の意識にも繋がっていた。
何も知らない母は「毎年、反省しないのね」と言って呆れたように眉を寄せている。
「ごめんごめん。宿泊代はきちんと払うからさ」
佳孝はそう言って革靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。
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