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「そういう問題じゃないの。香苗さんもあんたみたいのと結婚して、さぞかし苦労しているでしょうね」  母の口から出た名前に、理津の心臓が嫌な音を立てた。  香苗は佳孝の妻だ。結婚して十五年。子供はいないと、理津は聞いていた。  理津はギュッと唇を噛み締め、佳孝の反応を伺った。  佳孝は動揺する様子もなく、「大丈夫。ちゃんと連絡はしてあるから」と言って肩を竦めている。 「おじさん」  堪えきれずに掠れた声で呼びかけると、佳孝の視線が理津に向けられる。佳孝はフッと口元を緩ませ「理津くん」と言った。  母と話している時とは違う、甘さを含んだ声音。それが自分だけに向けられる。それだけで胸が締め付けられ、罪の意識が胡散していく。 「着物、良く似合っているよ」  流れるような佳孝の視線を感じ、全身が熱に浮かされる。触れられていないはずなのに、佳孝の視線は自分の官能をくすぐった。 「理津。あんた、椿の間の掃除は済んでいるの?」  母の小言に、理津は半ば上の空で「はい」と返事をした。 「全くこの子は、ぼんやりなんかして。高校二年生にもなって、何も進歩しないんだから。不安ったらありゃしないわ」 「あんまりうるさく言うのは良くないよ。理津くんは、素直で良い子なんだから。僕の息子にしたいぐらいだ」  そう言って佳孝は、母を宥める。  息子にして欲しい。ここから連れ出して欲しい。  四年前から、理津は嘘とも本気ともつかない言葉を信じて待ち続けている。 「せっかくだから、理津くんに部屋に案内してもらおうかな。立派な跡継ぎになれるか、僕が見てあげるよ」  佳孝はそう言うなり、悪戯っぽい笑みを浮かべる。母に小言を言われる前にと、理津は「こちらへどうぞ」と言って佳孝を促した。  何か言いたげに母は眉を顰めるも、別の宿泊客が来たことでそちらの対応に意識が向けられる。

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