2 / 13
2
「そういう問題じゃないの。香苗さんもあんたみたいのと結婚して、さぞかし苦労しているでしょうね」
母の口から出た名前に、理津の心臓が嫌な音を立てた。
香苗は佳孝の妻だ。結婚して十五年。子供はいないと、理津は聞いていた。
理津はギュッと唇を噛み締め、佳孝の反応を伺った。
佳孝は動揺する様子もなく、「大丈夫。ちゃんと連絡はしてあるから」と言って肩を竦めている。
「おじさん」
堪えきれずに掠れた声で呼びかけると、佳孝の視線が理津に向けられる。佳孝はフッと口元を緩ませ「理津くん」と言った。
母と話している時とは違う、甘さを含んだ声音。それが自分だけに向けられる。それだけで胸が締め付けられ、罪の意識が胡散していく。
「着物、良く似合っているよ」
流れるような佳孝の視線を感じ、全身が熱に浮かされる。触れられていないはずなのに、佳孝の視線は自分の官能をくすぐった。
「理津。あんた、椿の間の掃除は済んでいるの?」
母の小言に、理津は半ば上の空で「はい」と返事をした。
「全くこの子は、ぼんやりなんかして。高校二年生にもなって、何も進歩しないんだから。不安ったらありゃしないわ」
「あんまりうるさく言うのは良くないよ。理津くんは、素直で良い子なんだから。僕の息子にしたいぐらいだ」
そう言って佳孝は、母を宥める。
息子にして欲しい。ここから連れ出して欲しい。
四年前から、理津は嘘とも本気ともつかない言葉を信じて待ち続けている。
「せっかくだから、理津くんに部屋に案内してもらおうかな。立派な跡継ぎになれるか、僕が見てあげるよ」
佳孝はそう言うなり、悪戯っぽい笑みを浮かべる。母に小言を言われる前にと、理津は「こちらへどうぞ」と言って佳孝を促した。
何か言いたげに母は眉を顰めるも、別の宿泊客が来たことでそちらの対応に意識が向けられる。
ともだちにシェアしよう!