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理津は佳孝を連れ立って、一番奥まった部屋へと導く。襖を開け「どうぞ」と言って、佳孝を中へと誘った。
八畳ほどの畳の部屋には、テーブルに座椅子が鎮座し、向かいにはテレビが置かれている。襖の向こう側には、五畳ほどの次の間が設けられていた。
中に入ると理津はそっと襖を閉める。唐突に背後から抱きすくめられ、理津は動きを止めた。冷たいスーツの感触が、外の気温の低さを伝える。
「理津」
耳元で佳孝に囁かれ、熱いものが込み上げる。
「……佳孝さん」
他人の前ではおじさん、理津くん。二人だけの時はこうして、互いを確かめ合うように名前で呼び合っていた。
「もう……こないかと思ってた」
「どうして?」
間近で聞く佳孝の声に、理津の目に涙が滲む。
「……香苗さんがいるから」
背後で息を飲む気配を感じる。困らせることなんて、分かっていた。それでも嫉妬の芽は、年を重ねる間に成長して歯止めが効かない。この芽を摘み去る方法など、若い自分には分からなかった。
罪悪感に駆られているのか、背後で黙り込む佳孝に理津は「行かなくちゃ」と呟く。
「……ああ。そうだな」
佳孝の腕が緩み、すんなりと身体が離れていく。きっと別れるときも、こうしてあっさりと離れ離れになってしまうように思えた。
「また後で」
佳孝のわざとらしい明るい口調に、理津は小さく頷いて部屋を出た。
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