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 夕暮れ時の旅館は忙しない。  旅行客を次々と部屋に案内すると、今度は配膳の準備に取り掛からなければならなかった。  ここの手伝いを始めて、五年は経っている。当初に比べれば、格段と手際はよくはなっているはずだった。以前は頻繁に受けていた母からの暴力や罵倒も、以前よりもいくらか収まってはいるのだから。  理津が自由になったのは、夜の十時を過ぎた頃だった。  両親に挨拶を済ませ、理津は一先ず自分たちが暮らしている離れへと向かった。  外に出ると突き刺すような寒さが襲い、思わず理津は身を竦める。暗い空を見上げると、朝から降り続いていた雪は止んでしまっていた。そこには暗い闇が、微力な光を放っている街灯に浮かんでいるだけだ。 ――止まなければいい。ずっと、振り続けていてほしい。  そう願うも、空からは何も落ちてはこなかった。   ザクザクと雪の上を踏みしめ、離れの玄関を開ける。真っ暗闇なのは、まだ両親が本館にいるからだ。  さすがに高校生を夜遅くまで働かせるのは、宿泊客の目を気にして憚られていた。そのお陰で、理津は早めに仕事を終えることが出来ていた。  理津はシャワーを浴びて浴衣に着替えると、佳孝の元へと急いだ。旅館の裏手口から入り、誰にも見つからないようにと慎重に佳孝の部屋へと向かう。  見つかったとしても、忘れ物でもしたと言って誤魔化すつもりだった。その必要はなく、すんなりと佳孝の部屋へとたどり着く。  理津がそっと襖を開くと、佳孝は窓辺に佇み外を見つめていた。 「……佳孝さん」  理津が近づき、声をかける。佳孝が振り返り、寂しげな表情をから柔らかい笑みへと変わった。

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