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後日談④いつかやってくる君へ
順調ですね、と告げる医師の言葉に、二人はひと安心する。
先日、はじめて綾人が「巣作り」をしたことを報告すれば、医師は自分たちのように喜んでくれた。
それがとても嬉しい。
「ここまでくると、あとは時間の問題かもしれませんね」
「どういうことですか?」
お互いに顔を見合わせ、不思議な表情をする。
時間の問題とは、いったいなにを意味しているのだろうか。
「五月女さんには、あまりいい話ではないかもしれません」
「綾人となにか、関係があるんですか?」
「……子供、ですよね」
綾人はわかっていたのだろう。
月経も迎え、巣作りまできた。綾人の身体は、昂と番になったことで少しずつ変化してきている。本人はもちろんのこと、医師も見守ってきたのだ。
「ええ。薬の過剰摂取とストレスで子供は難しかったかもしれませんが、これで授かれる可能性が出てきたということです」
「先生……」
「発情期に性行為をすればオメガは確実に妊娠します。――純正のアルファであれば、です」
「……問題は、俺ですね」
「はい」
後天性アルファといえど、元はベータだ。純正アルファのように、受精率を高くするための亀頭球がまずない。かといって、長い時間の射精も精液の量もなく、ごく一般的な射精と量で終わってしまう。
ベータとオメガの受精率は、アルファと違って低確率だ。
それこそ、タイミングと神様次第。
そして、昂と綾人の場合はそれが難しかったりする。
「亀頭球がなくても、射精したあと如月さんの性器で蓋をしておけばもしかしたら……ということもあると思います」
「ふた……」
「そもそも、そのまま中に出しても、当時での妊娠確率は低かったかと。いくら、発情期を落ちつかせることはできたとしても」
それに、綾人も精神的に不安定だった。
気づけば、お互いに想いが溢れてしまっていたとはいえど、明確な気持ちを伝える前の性行為。元はベータで後天性アルファになった昂と、心も身体も不安定だった綾人。
そんな二人にも、着実と未来が拓けていこうとしている。
「最初にも言った通り、お二人の今の状態であればあとは時間の問題かもしれません。ですが、そのことに関しては、お互いがきちんと話し合って決めることですね」
「はい。……以前、綾人がはじめて月経を迎えたときに、少しだけ話したことあるんです。な、綾人」
「うん。昂は焦らなくていいって。自分のペースで、って言ってくれました」
「そうですね。授かるのもタイミングというのもありますし、まだ二人でのんびりしたいと思えばのんびりするのもありです。私は、二人が決めたことをただ見守るだけですよ」
ここまで親身になってくれる医師に、二人はただただ感謝しかない。
後天性アルファという特殊なケースでバース変更した昂のこともあるが、それ以外の小さな変化も含めて、嬉しそうに話を聞いてくれては対応方法やアドバイスをくれる医師は、先生でもあり親のような存在だ。
昂と綾人は、互いに手を取り合い数秒見つめ合う。
「先生」
「はい」
「まだ、どうなるかわかりませんが、綾人と改めて今後の話をしていこうと思います」
「不安はあるけど……昂がいるから、大丈夫。それに、俺たちには先生という強い味方もいる。ね、昂」
「ああ」
「如月さん、五月女さん……どんな変化が起きても、二人で乗り越えてきたので大丈夫ですよ。如月さんには五月女さんが、五月女さんには如月さんが。……そして、二人には私がついています」
照れくさそうにしている医師に、二人は微笑んだ。
この先、まだ体験したことのない変化が起こるかもしれない。二人で乗り越えられることはできても、それには医師が必要だ。
出会った医師がこの人でよかったと、心からそう思える。
握った手に少し力を入れて、昂は「ありがとうございます」と感謝を伝えた。
病院をあとにして自宅に戻ってきた二人は、いつものソファに肩を並べて座った。手は繋いだまま、にぎにぎとおもちゃのように感触を味わっている昂。
「いつまで繋いでるの?」
「飽きるまで」
「ふは……なにそれ」
思ってもなかった回答に、思わず吹き出す。
おおかた、なにか考えているのだろう。
「……子供のことだけどね」
「あ、ああ」
「なに驚いてるの」
「いや、綾人から話を切り出すとは思わなくてな」
目を何度も瞬きして、やや驚いている昂に綾人は笑みを浮かべる。
「俺は、これからも今まで通りに普通に生活して、普通に授かればいいなって思ってる」
「ああ。そうだな。だいぶ前に、授かったときは授かったときだとも言ったしな。それに、俺も無理に子供は作りたくない」
「昂との子供、可愛いだろうなって考えちゃうけど、今は未来のために、大事に、大事に、時間を過ごしていきたい」
「そのためには、もう少し体重を増やしてくれると嬉しいけどな」
「なっ……!」
昔に比べれば元気になってくれた綾人だが、痩せ細っている身体のままでは仮に子供を授かってしまっても不安だらけだ。
そのためには、しっかり食べて、寝かせて、甘やかせる。
(とはいえ、甘やかすのも程々にしておかないとな)
――と、考えていることも本当だが、言いたいことはそんなことではない。
「俺の身体も、いつ、どんな変化が起こるかわからない。後天性アルファだからといって、全てのアルファと同じなわけでもない」
「うん。でも、昂は昂だよ。バースなんて関係ない」
「……だな。俺も綾人だから好きなんだ。時間はかかるかもしれないが、そのときがくるまで今まで通りのんびり過ごそう」
「そうだね。それだけでも、俺は十分に幸せ」
まだ手は繋いだまま、綾人は昂の肩口に頭を乗せる。
「子供を授かっても、まとめて幸せにする自信はあるぞ」
「俺だって昂に負けないよう、幸せにする自信あるもんね」
「幸せ勝負だな」
「いいね、それ」
乗せていた頭をあげて、目を輝かせる綾人。
可愛い、なんて思いながらも、昂は目元に唇を優しく落とす。
「それで子供ができたら、今度は三人で幸せ勝負しないとな」
「子供には早いよ、もう」
二人で笑い合う。
いつか、そう遠くない未来にやってくるかもしれない子供に、昂も綾人も思いを馳せる。
そのためには、まず自分たちが幸せでないといけない。
なので、まだしばらくは迎えることはできないし、子供のことを忘れているかもしれないけれども、そのときになったら自分たちの元においで――と、お互い同じことを胸中に抱きながら身を寄せ合った。
終わり
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