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第1夜

「失礼しま〜す」 宅配便のお兄さんが、きびきびした態度とは裏腹な間延びした声であいさつして帰っていった。 アパートの玄関先でため息をついた青年の腕には、差出人の欄にも、受取人の欄にも『佐伯亘(サエキワタル)』と書かれたクール便の発泡スチロールの箱があった。 部屋に戻ると、テープをはがして発泡スチロールのふたをとった。中に入っていた紙製の箱をさらに開けると、直径15センチのクリスマスケーキが現れた。 生クリームでコーティングした真っ白な台に、大粒で真っ赤なイチゴがぎっしり乗せられ、砂糖細工のサンタとプラスチックのヒイラギの枝を飾った定番の品だ。別添の、『Merry Christmas 』とプリントされたクッキーのプレートを飾って仕上げるらしい。 小ぶりなケーキとはいえ、ひとりで食べるには大きすぎる。銀色のアラザンと粉砂糖が振りかけられたイチゴと生クリームのすき間に、ちょこんと置かれているサンタの少し歪んだ白い髭を見ながら、亘はそばかすの散った鼻を指先でこすり、長いまつ毛を伏せるとふたたび大きなため息をついた。 2週間前、亘は教師として勤務している小学校の職員室で、午後からの授業で配るプリントの確認をしていた。 近くの席でほかの教師数人と楽しそうに話し込んでいた非常勤講師の女性が、何を思ったのか突然亘に声をかけた。 「佐伯先生は、クリスマスイブって何かご予定はあるんですか?」 「え?あ、あー、よ、予定、ですか?」 季節のあいさつのように軽い気持ちで聞かれたことはわかっているが、急に話しを振られて不器用に戸惑っていると、女性が苦笑しながらあやまった。 「すみません、プライベートなこと聞いちゃって」 口ではそう言いながら、予定がないことを見透かしているのか、目に憐れみの色を浮かべて亘を見た。 「あ、いえ」 亘が口ごもっている間に、女性は愛想笑いを浮かべたまま視線をそらすと、ふたたびほかの教師との雑談に戻っていった。

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