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第1話

この私。ライラック・ベルナールは、生まれながらの貴族である。 いわば勝ち組というやつだ。 父親は有名なお菓子メーカーの社長。母親は誰もが知るハリウッド女優。 そんな二人の間に産まれた私は、一般市民に劣らない頭脳と運動能力を持ち。権力も地位も手に入れた。 低俗共はこの私に歯向かうことは出来ない。いや、歯向かう事など許さない。 全ては私の手の中にある。 「ふっ。愉快だな」 これはもはや、神に選ばれたと言っても過言ではないだろう。 金にも女にも困らない。贅沢で清々しい日々。 鬱憤が溜まれば、私の下で働いている使用人やメイド共で憂さ晴らしも出来る。 「ふっ。惨めに私に這いつくばるアイツ等の悔しいそうな顔は見ものだしな」 どれだけ過酷で、どれだけ無理難題な命令を出そうとも。何の力も持たない雑用係は私に盾突くことすら許されない。 そんなアイツ等の姿を見ていると、楽しくてしょうがない。 これが所謂、優越感というものだろう。 「おはようございます。ライラック様」 「あぁおはよう」 決して良い事ではないのは重々承知だ。 だが、罰する者は誰もいない。 満たされることはーー止められない。 「今日の朝食は、ポーチドエッグとマフィン。ポテトサラダをご用意しております。今日の紅茶はどうされっ」 「今日はマフィンよりもトーストの気分だ。後、紅茶はダージリンでいい」 「……かしこまりました」 「あぁ~そういえばな。この間貴様がいれた紅茶、味も薄ければ、とても生ぬるかったぞ。こんな寒い季節にあんなものを出すとは……貴様、この私に風邪を引けと言っているのか?」 「っ!も、申し訳ございません」 「はっ。首を切られたくなければ、紅茶の入れ方くらいさっさと覚えることだな」 私の言葉に、使用人は頭を下げたまま拳を握りしめている。 それは周りにた他の使用人、そしてメイド共も同様。私に歯向かえない悔しさを抑え込んでいた。 きっと、ここで働いている奴等は私の事が嫌いだろう。 だから、小さな気遣いすら出来ない。役立たずばかりが増えていくのだ。 「……いや、一人だけいたか」 どんなに罵られようと、私への忠義を尽くし。過酷な仕事でも全うする優秀な使用人がーー。 「おはようございますライラック様!」 「……あぁ、おはよう」 私の顔を見るなり、朝日よりも眩しい笑顔を向けて来ては、犬みたいに尻尾を立てて近寄って来る使用人。ナズナ・スターチスは、先月に入ったばかりの新米だ。 そう。新米である……はずなのに、コイツはどの使用人共よりも役に立つ。 仕事も早ければ、小さなミス一つ起こさない。しかも顔も整っている方だ。サラサラのベージュ色の髪に、少し垂れ目のブルーの瞳。正直体格なんかは私よりもいいかもしれない……認めたくはないが。 容姿端麗で、中身も良い。しかも仕事ができる優秀な男。 全く、面白くない。 しかも身分が低いくせに、たまに私と見比べられる始末だ。 だが、アイツが完璧すぎるせいで嫌味などなかなか言えやしない。アイツを見ていると、ただ鬱憤だけが溜まっていく。 「ライラック様、今日は十時からフェンシングの稽古が入っており。それから」 スタスタと歩く私の後ろを軽い足取りで突いてくるナズナ・スターチスは、息を荒げることなく。柔らかな声で淡々と今日の予定を読み上げる。 他の奴等とは違う、苛立ちも悔しさも嫉妬もない態度。 それが逆に気持ち悪い。 「……チッ。そんなこと、言われなくとも分かっている」 「これは失礼しました!」 どれだけ冷たく接しようと、コイツは眉間に皺一つ寄せやしない。 「ライラック様?」 面白くない。 「ナズナ・スターチス君」 「あ、はい!」 「君は、何の為に私に尽くしている?」 「え?」 そうだ。 こんな私に、嫌味一つ言わず働いているのには何か理由があるはずだ。 私に気に入られ、金を手に入れる為か。もしくは女か。権力か。 まぁ、どれだけ真面目に働いたところで何一つやるつもりはないが。 「俺は……」 「遠慮せず言いたまえ。ま、大体想像はついているがな」 「え!し、知っておられたのですか!?」 私の言葉にナズナ・スターチスは目を見開いて驚いたと思えば、すぐさま気まずそうに目線を逸らす。その頬には、一筋の汗が流れていた。 まさかここまで動揺を見せるとはな……。 まぁだがしかし、やはりと言ったところか。 結局はコイツも欲に埋もれた凡俗。いや、人間なんてそんなものだ。得たい物があるからこそ努力し。耐える。 それがどんなに理不尽な出来事だとしても。 「どうせなら自分の口で言ってみたらどうだ?君が持つ欲とやらを……な」 純粋さを偽り。ずっと真面目な姿を演じてきたその仮面を、主人の前で剥ぎ取られ。しかも自分の意地汚い欲を吐き出さなければいけないなど、きっと奴にとっては耐えがたいはず。 「お、れは……」 「ふっ……ほら、言ってみろ。ナズナ・スターチス」 あぁ……これはとても滑稽だ。 「俺が、欲しいのはっーーもごっ!?」 「止めろライラック」 いつからそこにいたのか、突然背後から現れた銀髪の男は、ナズナ・スターチスの口に手を当て。言葉を塞いだ。 つまり、私の邪魔をしたということだ。 「……ビオラ・ベルベット」 沸々と怒りが込み上げてくる。 ビオラ・ベルベット、コイツが私の邪魔をするのはこれが初めてじゃない。 「一体いつから私の家に上がり込んでいたのだ。君は」 「たったさっきですよ。今度新作で出す予定のお菓子について話したいことがあったので」 ナズナ・スターチスから手を離すと、ビオラ・ベルベットは険悪な顔つきのまま、私に一歩近づく。 その後ろでは、手を離されたナズナ・スターチスがただ黙って頭を下げていた。 あぁ……今日はついていない。 「チッ。だったら連絡の一つくらいしておくのが常識というものじゃないのかい?あぁそれとも、元々庶民産まれの君にはそこまでの礼儀指導を教わっていなかったのかな?」 「っ」 私の煽り言葉に、ビオラ・ベルベットの目付きがさらに鋭くなる。 だが私は、ただ事実を述べただけだ。 ビオラ・ベルベットは幼少期、何の変哲もない庶民として生まれ。そして親に捨てられた。哀れな子供だった。 しかしそんな時。彼を拾って養子として迎え入れたのが、私達ベルナール家と繋がりがあったベルベット家だった。 一体そこからどんな人生を歩んできたのか。そんな事、私のとってはどうでもいい事だった。 一般人がどうあがこうと、天才には勝てない。 だから、この私の敵になることもない。 そう思っていた。 だが奴は、私の知らない間に徐々に徐々に力を手に入れ。いつしか私と同じ高さまで上り詰めてしまっていた。 それが腹正しくて仕方ない。 しかも奴は、事あるごとに私の邪魔をする。どうやら正義感の強い男らしい。 「貴族なら、その強さで誰かを守れ」と、毎度毎綺麗ごとを並べてくる。 本当に目障りで仕方ない。 一度、目にものを見せてやらんとなぁ。 「まぁ良いだろうビオラ・ベルベット君。今日は君の無礼を大目に見よう」 「……有難うございます」 「そのかわりとはなんだが……。今から『これで』私と一勝負してくれると有り難い」 そう言って私は、フェンシングの構えを見せる。 フェンシングは私の得意とする競技。勿論賞だって取っている。正直、稽古などもう必要ないくらいだ。 だからこそ、絶対に勝てる勝負だからこそ。私はあえて誘った。 「もしこれで私が君に負けたら、今後も君の無礼を許すとしよう。この家の出入りも勝手にするがいい……。あぁ~そうだ。ついでに使用人達への意地悪もしないと誓おう」 「それは……本当ですか?」 「あぁ勿論だとも。私は約束は守る男だからね。……だが」 想像するだけで堪え切れなくなる笑みを浮かべ、震える声で私は一番の本題。本当の目的を伝える。 「君が負けたら、私の下僕になってもらうよ。ビオラ・ベルベット君」 これは勝負でも何でもない。決定事項だ。 あぁこれで、このムカムカは消えるだろう。 ビオラ・ベルベットは私に負け。何の口答えも出来なくなり。ただ私の下僕としてこき使われる。 哀れな奴は、死ぬまで哀れなのだな。 「その勝負。受けて立ちます」 「はっ。よく言ったなビオラ・ベルベット君。では……試合開始と行こうか。ナズナ・スターチス。主審をしたまえ」 「……かしこまりました」 そのまま私達は別室へ移動し。防具を身に着け、静かにピストの上へ足を踏み入れた。 周りには私の使用人とメイド達が、仕事もせず私とビオラ・ベルベットの試合を固唾をのんで見ている。 全員ビオラ・ベルベットの勝ちを信じ。祈っているのだろう。 だがそんな願いも全てーー。 「ラッサンブレ!サリューエ!(気を付け、礼)」 私が壊してやる。 「アレ!(始め)」

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