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おまけ
フェンシングの試合で勝ったあの日から、ライラック・ベルナールに動きは見られない。
てっきり僕への仕返しをしてくと踏んでいたのだが、どうやらここ最近はずっと大人しいらしい。
「しかしあの男が、このままずっと何もしてこないことはないはず……」
今までだってそうだった。
自分に歯向かう者、自分の脅威になりそうな者は全て潰し。得られるものはどんな手段を使ってでも得てきた、卑劣で強欲な男だ。
しかも、あの見た目通り自尊心が強い。
僕に負けたという事実と、自分より下の立場の者達を屈服させることが出来ないという屈辱は絶対にあるはずだ。
「ならやはり、まだ見回りは必要だろうな」
ベルナール家の出入りが自由になった今。僕はほぼ毎日足を運び、アイツがまた何かしていないか見回りをしている。
「おはようございます。ビオラ・ベルベット様」
「おはよう、またお邪魔させてもらってるよ?」
「どうぞお構いなく自由にお過ごしくださいませ」
「有難う」
「おはようございます。ビオラ・ベルベット様」
「おはよう、あれ?そういえばライラック殿は?さっきから姿を見かけないけど……」
「ライラック様なら、まだ寝室でお休みになっておられます」
なんだ、意外と朝は弱いのか?アイツ。
「分かった!有難う!お仕事頑張ってね」
「はい、有難うございます」
さて、アイツの寝室はここだったか?
「おはようございます!ライラック殿!」
ドアを二回ノックして名前を呼ぶ。
その瞬間、ドンッと何かが倒れた音がドアの向こうで響いた。
「だ、大丈夫ですか!?」
多分さっきのは、ライラックがベットの上から床へと落ちた音だと思う。
しかしあのライラックが?
いつも冷静沈着で、そんなおっちょこちょいな奴ではなかったはずだが……。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ!!」
今度はバタバタと騒がしい足音が聞こえる。
いつものライラックなら、人を待たせることなんていつもの事で。こんなに慌てることは今まで無かった。
もしかして、何か見られたくない事でもしているのか?
「いいか!今は絶対開けるんじゃないぞ!って、ちょ、いいかげん離れろっ」
僕以外の誰かに話しかけている声が聞こえる。
まさか、あのライラックの部屋に誰かいるのか?
僕に見られたくなくて、部屋にはもう一人誰かがいる。しかも多分だが、寝床を共にしていた……。
「まさかアイツ。またメイドを連れ込んで無理矢理……」
僕との勝負に負けたくせに、やっぱり懲りていなかったか!
これ以上見過ごすわけにはいかない。
怒りに任せ、重たい扉を勢いよく開けた。
「失礼しますライラック殿!!一体なにを……して……」
思わず言葉が詰まる。
僕の予想通り、ライラックは誰かと寝ていた。それは間違いなかった。
だが、目に飛び込んできたのは。想像よりも衝撃的な光景だった。
「なっ、ななななっ!!なんで入って来たんだ君はぁあ!!」
着替え途中だったライラックは恥ずかし気にしゃがみ込み。身体を隠す。
いつもなら綺麗なオールバックに固めているはずの金色の髪は乱れ、きっちりとネクタイを締めているシャツは、肩まではだけていた。
薄い筋肉と、男にしては白い肌が晒されている。
その肌には、赤い痣がいくつも付いていた。あれはきっと、キスマークというものだろう。
「あ、えっと……」
おかしい。視線が泳いでしまう。
確かに誰だってこんな現場を見てしまえば気まずくなるのは当然なのだが、相手は男で、しかもあのライラック。
別にここまで動揺しなくてもいいはず……。
「おはようございます。ビオラ・ベルベット様」
「え、あ、ナズナ君?」
動揺する僕達とは違って、いつも通りの笑顔で挨拶をしてきたのは、ライラックの使用人。ナズナ・スターチス。
彼もまたライラック同様着替えが済んでおらず。上半身裸のままだった。
この状況から見て察するに……ライラックは、使用人のナズナ・スターチスに……。
「申し訳ございません。ビオラ様」
徐々に冷静を取り戻し。この状況を理解してしまった僕は、ナズナ・スターチスの表情に思わず冷や汗を流した。
「失礼だとは思いますが……。俺の邪魔だけはしてくださらないでもらえると有難いです」
「あ、はい……」
成程。
あのライラックも大人しくなるわけだ。
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