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どこか覚束ないような心地でリボンを解き箱を開けると、中にぴしりと納まっていたのは腕時計だった。
シルバーカラーの金属のバンドはやや太め。大きめの文字盤は、マットな黒地にシルバーの目盛りと細い針が乗っただけの、極めてシンプルなデザインだ。
悠斗は少しのあいだ、言葉を忘れてそれに見入った。プラスチックのフレームに填められたそれは、いかにもプレゼントです、という顔をして、得意げに佇んでいるようだった。
どうですか、悠斗くん。はじめて好きな人から貰った誕生日のプレゼントは?
悠斗は大きく数回瞬いて、静かに息を吸った。
「お前……こういうの選ぶセンスあったんか……」
「あ?バカにしてんのか」
「違う違う、いや、嬉しくて。すげーいい」
上がる口角を抑えられない。
どこで買ったんだ。どんな顔して選んだんだ。知りたい気もするが、知りたくない気もする。
こそばゆかった。亨がどこかの腕時計売場で、自分のことを考えながら並んだ商品を吟味して、最終的にこれを選んだのだと思うと。
「ありがとう」と伝えると、亨もこそばゆい顔をして頷いた。それを見て、ああ同じなんだな、と思う。
自分の好きと亨の好きは同じなんだ、嬉しいな、と。思う。
「お前、革のやつとかのが似合いそうだなとは思ったんだけど……それ、攻撃力高そうだったから」
「ん? 攻撃力?」
「お前貧弱だからな、誰かに何かされそうになったら、それで殴れ。裏拳 入れろ」
攻撃力とは。裏拳とは。およそ腕時計とは繋がり難いそれらの言葉の意味を、悠斗は明晰な頭脳で考える。
「メリケンサック的な用途ってこと……?」
「そう」
亨は大真面目な顔で頷いた。
なるほど、昼間のような目にあったらこれを使って殴ればいいのか。脳内でシミュレートしてみる。
追い詰められた壁際、これが巻き付いた左腕をぐっと引いて、あのやたら整った顔面に裏拳。一撃必殺、こうかはばつぐんだ。
いや、出来るか。
そんな機会が巡ってこないことを悠斗は心から祈った。
「あとさ、前から言いたかったんだけど」
中身の減ってきたアイスの容器を潰しながら、亨は幾分言いづらそうな様子を見せた。思わず身構える悠斗に、ちらりと目線を合わせる。
「いちいち言わなくてもいいんだからな」
「え?」
「福助に会いたい、っていうの」
照れ隠しなのか、投げやりな口調で告げられた言葉を、悠斗は頭の中で反芻する。
すぐに意味がわかってしまって、持って生まれた頭の回転の速さを悠斗は恨んだ。
柴犬の福助のことが、悠斗は毎日でも会いたいほど大好きだった、それは真実だが。
その飼い主である亨に関しては、毎日学校で会っているだけで飽き足らず、時々どうしても放課後や休日にも会いたくなり。
その口実として福助を引き合いに出している。
当たり前のように全部、亨にはバレていた。顔に熱が集まるのを感じる。
会いたいって、言ってもいいのか。お前に。用事もないのに。
「……ウザイとか思わんの?」
「なんで。思わねえよ」
「毎日言うかもよ?」
「無理なときは無理って言う」
亨の返答はどこまでもフラットだった。生真面目な物言いが可笑しくて少し笑う。
恋愛は対等だ。当然のようなことが、悠斗には擽ったく思える。
知らなかったことばかりだ。
自分の内側にも外側にも、ひっきりなしに新しいものばかりが見つかるから、亨と出会ってから悠斗はずっと忙しい。
笑いたいような泣きたいような、へんな気持ちがあふれてきて、とりあえず悠斗は笑った。ふふふ、と空気を震わすその感情に、亨は「何笑ってんだよ」と眉根を寄せる。
なんでもないよと言って、それから、亨に続いて自転車の後ろに跨った。
黒い箱を大事に膝の上に抱え、片手は亨のシャツの裾を握る。石鹸の匂いとくすんだ水色の風。
「亨は誕生日に何欲しい?」
「んー……思いついたら言うわ」
亨がペダルを踏み込む。六月二日が一秒ごとに駆け抜けていく。
おしまい
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