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夜六時を過ぎても明るい空に、温い風。夏と呼ぶには気が早いが、足早な春はすでに去ってしまっている。
名前のない曖昧な短い季節。誕生日はそんなに嬉しくないが、悠斗はこの季節が嫌いではなかった。
薄手のパーカーを羽織っただけの軽装で道を急ぐ。
待ち合わせのコンビニ前に、会いたかった人はすでに立っていた。停めた自転車の傍らの水島亨は、ジャージばかりの彼には珍しくデニムにTシャツ姿だった。
傍に歩み寄ると、特別挨拶もなく会話が始まる。その馴染んだ自然さは、一年前の二人にはなかったものだ。
「家から来たん?」
「おー、一回帰った。さすがに汗とかヤバかった」
「今日暑かったしねえ」
他校のグラウンドに出向いての練習試合だと聞いていた。シャワーを浴びてきたばかりらしい亨からは、淡い石鹸の匂いがした。
「勝ったん?」
「おー」
「点入れた?」
「二試合でワンゴール、ツーアシストだな」
「おー」
「わかってねーだろ」
「そんくらいわかるし」
一緒にコンビニに入って、二人で分け合うタイプのアイスを買った。チョココーヒーとホワイトサワー、味で希望が割れたが悠斗が優先された。「誕生日だしな」と言ってチョココーヒー味をレジへ持っていく亨を、悠斗はカルガモの子のように追いかけていった。
そのまま店の前に並んで立ち、そよぐ風に吹かれながら亨がアイスの封を開ける。片割れを受け取るとき、悠斗の目がとある一点に留まった。
「ねえ、それは突っ込んでいいやつ?」
自転車のカゴの中に、袋にも何にも覆われずに直で入れられている箱を発見した悠斗は、こみ上げる笑いを咬み殺しつつ尋ねる。
リボンのかけられたそれは、普通に考えれば、これから自分へ渡される予定のものではないだろうか。
丸出しでチャリカゴに入っていることとか、放置してコンビニ入ったのかよとか、突っ込みどころはいろいろあったが、その言葉を受けた亨の反応もなかなかのものだった。
「忘れてた」と呟き、片手にアイスを握ったまま、もう片方の手でむんずと掴んで「おめでとう」と横柄に差し出され、悠斗はもう堪えきれずに吹き出した。
「いろいろ雑じゃね?」
「悪い」
「いいけどさ」
俺はいいけど、これが女子だったらキレてんぞ。たぶん、知らんけど。
そんなことを思いながら、悠斗はアイスを口にくわえ、両手でそれを受け取った。
手のひらにぴったり乗るサイズの黒い箱に、深い青のリボン。そこそこ存在感のある重み。
中身の手がかりになるものが何もなくて、悠斗は少しだけ首を傾げた。
「お前、何欲しいか言わねえから。勝手に選んだ。文句言うなよ」
欲しいものをそれとなく探るとか、サプライズとか、そういうのが向いていないであろうことは、亨の日頃の言動から推して知るべしといったところだ。
数度に渡り直接聞かれたが、悠斗はそのたび「ない」と答えていた。
だって本当になかったのだ。欲しいものなんて。だいいち想像がつかなかった。
好きで好きでしんどいほど物凄く好きで、一緒にいられるだけで幸せになってしまって、そのうえ自分のことを好きでいてくれる相手から、それ以上に何かを貰う?
悠斗には、本当に想像ができなかったのだ。
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