3 / 5
(3)
俺は、Lサイズのコーヒーカップをもうひとつ用意した。
理人さんが、ポケットに入れかけていた手を戻して、財布から千円札を一枚取り出してカウンターに置く。
「なんかすみません……」
「コーヒーくらいで、そんなにかしこまるなよ」
理人さんがやんわりと苦笑すると、大河内さんはますます顔を赤らめた。
俺にはわかる。
彼女はただコーヒーが嬉しくてかしこまってるんじゃない。
『神崎課長』が買ってくれたコーヒーだから、嬉しいんだ。
「野口課長には良くしてもらってるか?」
「あ、はい!最初はちょっと怖かったですけど……今はもう慣れました」
「あの人は言葉足らずなところがあるからな。でも相談したら親身になってくれるから、困ったことがあったら遠慮せずに言えばいい」
「はい」
「直接言いづらいことは俺にでもいいから、溜め込むなよ。元上司としてちゃんと聞くから」
「……ありがとうございます」
あ、やばい。
イライラしてきた。
今すぐ目の前のふたりの間にドーンと突っ込んで距離を引き離してやりたい……しないけど。
大河内さんが理人さんにこれでもかと注いでいる熱い視線を俺の全身を使って不躾に遮ってやりたい……しないけど。
俺の理人さんをそんな瞳で見るなって叫んでやりたい……しないけど!
「あ、あの、神崎課長」
「ん?」
「クリスマスって予定ありますか!?」
「クリスマス……?」
「クリスマスって言っても24日のイヴのことなんですけど……予定、ありますか……?」
大河内さんが、どこか縋るような視線で理人さんを見上げる。
理人さんは、少し逡巡したあと、チラリと俺に視線を送ってきた。
でもすぐに目の前の女性を見下ろし、左手を口元にあてた。
「予定は……ない、な」
「じゃあ!あの、よかったら、なんですけど、その、みんなで集まりませんか!?」
「みんな?」
「同期とか先輩とか、集まれる人たちが集まってクリパするんです!相手がいなくて寂しい独り者たちが一緒に傷を舐め合いながら美味しいお酒と料理とケーキでクリスマスを祝う会、です!」
息継ぎなしに言い切った大河内さんの勢いに押されて、理人さんが上半身を仰け反る。
そして、まるで小さな子供の悪戯を見守るように目を細めて、穏やかに微笑んだ。
「それは楽しそうだな」
「でしょう!?だから神崎課長もっ……」
「ごめん、行けない」
ともだちにシェアしよう!