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狩り1
冬のネオ・トーキョー。
まだ雪は降っていないが、体の芯まで冷える夜だ。犬塚は夜のオフィス街で息を殺して身を潜めていた。
失敗した。静かすぎる。
人気の無い深夜のオフィス街はす小さな物音でも響いてしまう。それに人がいないと言うことは追う側にとっては好都合だろう。
「………くそっ」
犬塚は背負っていたバッグを下ろし、中からある物を出した。
首輪だ。未婚のΩ専用の貞操帯みたいなものだった。
絶対に、あの男にだけは捕まるわけにはいかない。
この首輪は育て親であるブランカが特注で作らせた物だ。
うなじにフィットし、完璧に包み隠すように後ろ部分の面積が広い。艶の無いブラックカラーの特殊素材の首輪は洒落たチョーカーにも見える。犬塚は急いで首輪を嵌めた。
犬塚はΩだ。
ペドフェリアの金持ち男を殺してくれたブランカに拾われた。
一緒に暮らしだしてから二年めの冬、犬塚は初めて発情期を迎えた。
『あ、あ………たすけて……たすけて、ブランカ……ぁつい………ッ』
初めての熱に身を持て余している犬塚をブランカが介抱してくれた。
ブランカはαだ。
だが強靭な精神でΩの甘い匂いに耐えて、手だけで犬塚の体の疼きを沈めた。
『ぃや、それは……いやぁあ………!』
『………黙れ。俺も不本意だ。これは応急処置だ。朝には抑制剤を用意してやる』
ブランカのゴツゴツとした太い指が犬塚のアナルに深く埋められた。
長い指は犬塚の良いところを的確に刺激して、犬塚は若い体をしなやかにしならせた。
この頃はまだ細く、中性的な体つきをしていた。日本人特有の象牙色の滑らかな肌が汗でしっとりと湿って淫らだった。
『あぁあ………違ぅ、こんなの……俺……おれっ、こんなこと、あなたにさせたくない!』
気持ちいい! 気持ちいいッ!
でも嫌だ、違う、もっと………挿れてほしい。
違う違うッ! こんな汚い真似をブランカにさせたくないッ!!
『犬塚』
『ひぃい……あ、あっあぁあ…ごめ、なさぃ……嫌わないで………ぁあ』
犬塚は快楽にダラダラと蜜を溢れさせながら、悲痛な声で訴えて泣き続けた。
『犬塚。お前はΩだったんだ。発情期は仕方のない事だ。今はここに集中しろ』
『あぁあうッ!』
『そうだ。全て発散しろ。Ωは皆こうなる』
涙目で見上げたブランカは、いつもと同じ感情の見えない目で犬塚を見ていた。
だが冷静さを維持しつつも、少し体温が上がってきている。
ブランカのこめかみから汗が伝い、まだ少年の犬塚の薄い胸に落ちた。
─────ああッ!!
その瞬間、犬塚は声も無く仰け反り絶頂に達した。
翌朝、目覚めた時は抑制剤を投与された後だった。
それから、ブランカは身の守り方、βに擬態する方法を教えてくれた。一人で生きていく術も………。
ブランカから独立する日の事だ。
『俺の技術は全部教えた。だが……お前が気にいる相手が見つかれば、うなじを噛ませるのもありだぞ』
ブランカの言葉に犬塚の胸がチクリと痛んだ。ブランカが犬塚に触れたのは、初めての発情期の夜だけだ。
………キスすらしてくれなかった。
そんな想いがよぎったが、犬塚は首を振ってブランカに答えた。
『番なんか必要ない。俺が必要な時はいつでも呼んでください。ブランカの為なら何だってする』
誰かに噛まれるくらいなら………相手はブランカがいい。
ブランカは犬塚の心を知ってか知らずか、少し憂いを秘めた眼差しで『………お前は殺し屋に向いていない』とだけ答えた。
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