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狩り2

   ブランカから独立した犬塚は殺し屋としてキャリアを積み、今は日本で仕事をしていた。 24歳になった犬塚からは中性的な印象が消え、無駄無く筋肉のついた引き締まった体の青年に成長していた。 顔立ちはすっきりと整っているが派手さは無い。 純潔の日本人である事を隠す為に変装をしていたし、βの擬態も完璧だ。 今の犬塚を手込めにしようなどという男はいなかった。あの男以外は……… 『可愛いね。犬塚』 薄く微笑を浮かべて、初対面の犬塚にそう言った。 くすんだ金茶の髪に琥珀色の瞳、弧を描く優雅な唇。非の打ち所がない完璧な美貌の男。 竜蛇志信。 蛇堂組の組長で、依頼人である竜蛇はαだ。初めて会った時から、βである犬塚をあからさまに口説いた。 あれだけの色男だ。 相手に不自由はしていないだろうから、単に犬塚をからかっていただけだろう。悪趣味な噂のある男だし、本気で口説いているわけじゃない。 実際、竜蛇の依頼はハードなものだったし、報酬もいい。犬塚は竜蛇の依頼をこなすだけだ。 竜蛇の口説き文句を適当にあしらっていたが、ある時、あの琥珀の瞳の奥にある捕食者の光に本能的に危険を感じた。 己の本能を信じる犬塚は竜蛇との仕事は終わりにしようと決めた。 いつものレンタルルームで犬塚は竜蛇から報酬を受け取ってから告げた。 『あんたとの仕事はこれで終わりだ』 ソファから立ち上がった犬塚に、 『………寂しくなるよ、犬塚。そこまで送ろう』 竜蛇はいつもの微笑を浮かべて一緒に立ち上がった。犬塚は不快さを隠しもせずに『必要ない』と冷たく言ったが、竜蛇はエレベーターの前までついてきた。 犬塚は竜蛇と距離を取り、背を向けないように警戒して立つ。この男に無防備なうなじを見せたくなかった。 そんな犬塚に対して、竜蛇の微笑がますます深くなった。 『俺が怖いか?』 『あんたなんか怖くはない』 『怖がった方がいい』 竜蛇が一歩近付き、犬塚は一歩後退した。 その美しい琥珀の瞳は笑ってはいなかった。 『俺はお前を噛もうと思う』 『は?』 『お前の処女のうなじを噛むことにした』 犬塚はゾッとして竜蛇を見上げた。 空気が重くなったように感じ、冷や汗がうなじを伝う。 『俺の子を孕め。犬塚』 『………お断りだ!』 そう叫んで犬塚は走り出した。非常出口から飛び出し、外の階段を駆け下りる。 『!!』 下に黒いバンが数台停まっていた。竜蛇の部下だ。犬塚は隣のビルの非常階段に飛び移って、屋内に入り廊下を駆け抜けた。 なぜバレた!? 発情期の時期は竜蛇を避けていたし、βの擬態は完璧だったはずだ!   一階まで下りると、ちょうど黒服の男が二人、ビルに入ってきたところだった。男達が犬塚に気付き、こちらに走ってきた。 『くそっ!』 犬塚は男に背を向けて走り、廊下を曲がったところで立ち止まり背を壁につけて身を隠す。 革靴の音を響かせて追ってきた男を殴り倒した。 間髪いれず後方の男の喉を殴り、一瞬息ができなくなり背を丸めたところを、男のスーツを掴んでみぞおちを膝で蹴りあげた。 二人を倒した犬塚はビルの外に逃げ出した。組員総出で追っているのか………複数の追っ手から逃げ出した犬塚は人気の無いオフィスビル街に追い込まれたのだ。 首輪を嵌めた犬塚は、次に銃を取り出した。 竜蛇の組織は一枚岩だ。竜蛇を傷つければ………もし殺しでもすれば、犬塚は永遠に報復の対象として追われる事になる。 蛇堂組は厄介な相手だ。 とりあえず、組員から車を奪って人の多い繁華街に出る。一旦身を潜め、変装をして関西に逃げよう。西にも隠れ家と隠し金はある。そこから国外へ出れば…… 犬塚は静かに立ち上がり、表通りの様子を伺った。 「!?」 犬の吠える声だ。「こっちだ」と言う男の声も聞こえた。 嘘だろ? 猟犬でも使っているのか!? 信じられないと目を見開いて、犬塚は静かに走り出した。 一方、黒の高級車の中で竜蛇は優雅に足を組んで座っていた。外では部下達が犬塚を追い詰めている。 「………やりすぎです」 須藤が苦虫を噛み潰したような顔で言った。竜蛇の顔は涼しげだ。 「そう?」 「新しい愛人が欲しいなら、他を探せばいいじゃないですか? なんで犬塚なんです?」 よりによって殺し屋を選ぶとは。しかも犬塚は竜蛇を嫌っているのだ。 「犬塚はΩだ」 「は?」 「上手く擬態しているが、彼はΩだよ。嫌悪しているようで無意識に俺を煽っている。たまらないよ」 「そんな………でも、犬塚でなくとも組長に相応しいΩは他にいます」 須藤は困惑した表情になる。須藤はβなので、αとΩにしか存在しない特殊な関係の事は理解しきれないのだ。 「須藤。運命って信じる?」 「またそんな………」 竜蛇のいたずらっぽい笑みに須藤は溜め息を吐いた。若頭である須藤は気苦労の絶えない男だ。 「犬塚が俺の運命の男だ」 これから野生の雌を狩る。 犬塚はどのαにも従わされたことのないΩだ。 完璧に擬態し、まっさらなうなじを晒して生きてきた。度胸もプライドもある。そんなところもたまらない。 あれは俺の獲物だ。 狩りは良い。気分が高揚する。 βに比べ、αは野生的本能が強い。 肉体的にも直感的にも優れているのだ。αは本能的に周囲の人間を従わせる力を持っていた。 犬塚はそれに逆らい、いつも嫌悪感をあらわにしていた。 それなのに雌の匂いで最初から竜蛇を煽った。そんな犬塚が可愛くてたまらない。 竜蛇はライフル型の麻酔銃を手にして優雅に微笑んだ。その美しいが恐ろしい微笑みに須藤は背をゾクリとさせた。

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