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第1話
中小企業の事務として入社して早一年。幼少期から地味に平凡に生きてきた大瀬 涼 は、会社でもその立ち居位は低い。
朝礼後、いつもOLが交代でいれてくれるコーヒーが大瀬の分だけなかったりするし、けれどそれは決してイジメとかではなく、あとから大瀬の姿に気づいたOLは『大瀬さん、いたんですね』と慌てて持ってきて、それに苦笑いで返すのが日課。
すれ違いざまに上司から『あれ?今日出勤してたっけ?』なんて言われることもしょっちゅうだ。
イジメられてるとかではなくて、大瀬の影が極端に薄すぎるのである。
席は28歳にしてすでに窓際。
朝礼にちゃんと参加していても、誰も大瀬がいることに気づかないため、仕事が回ってくることもなく、いつもちまちま誰もやらないような雑務を繰り返している。
やり甲斐もないし、毎日退屈で仕方がないけど、転職する気もなく、転職したところで同じような立ち位置になる気がして、大瀬はすでに一生窓際で生きていくことを決めているわけである。
そんな大瀬の席の前に一人の男が立った。
スラリとした長い足に良く似合う紺のスラックスに、白のワイシャツと同じく紺のジャケット、首には女ウケ抜群の青い水玉模様のネクタイ。
そしてなにより、目鼻立ちの整った美しい造形の顔には、OLに限らず男の社員まで惚れ惚れする程だ。
「おはようございます、大瀬さん」
うちの会社の営業部署に、今年の新卒で入社してきたこの爽やかイケメン男。
名は堀田 清史郎 。まだ入社して半年程しかたっていないに、営業成績は一位を簡単に獲得。それなのに一位の座を奪われた営業員から恨まれることなく可愛がられ、むしろ尊敬の眼差しを向けられている。
そんな彼は朝出社すると、大瀬のいる管理部署に挨拶に回ってくるのだが、一通り社員やパートに挨拶や軽い世間話をして回った後、必ず大瀬の席にまで行き挨拶をしていく。
堀田が大瀬に挨拶をして、はじめて『あ、大瀬さんいたんだ』と思う人間も少なくない。正直に言うと、大瀬はこの堀田が少し苦手である。
「…おはようございます」
誰も影の薄い大瀬に挨拶する人間なんていないのに、この堀田は必ず大瀬にも挨拶してくるため、そんな扱いを受けたことがない大瀬にとってどう接してしていいかわからないのだ。
「そういえば、この前の資料ありがとうございました。おかげで追加で一件取れましたよ!」
「…あ、はぁ…よかったですね」
「はい!それじゃあ、僕行きますね」
この前の資料とは、取引先である会社の詳細が記入されたファイルのことだ。取引先ではあるが繋がりは薄く、みんな『そんな会社あったっけ?』という印象でしかなかったのだが、暇さえあれば倉庫で誰もやらない資料整理や、片付けをしていた大瀬は把握しており、堀田に提供したのだ。
役に立ってよかったのはいい事だが、うまい言葉が見つからず目の前のパソコンをパチパチ叩きながら、小さい声で返す大瀬は無愛想に見えるかもしれない。
そんな大瀬に堀田は嫌な顔一つ見せることなく、爽やかな笑顔で対応してくれる。罪悪感が少し芽生えるが、結局どうしていいかわからず俯いたまま一度も堀田の顔を見ることはなかった。
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