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赤い日記
クリスマスの時期がやってきた。
僕は思い出す。
鷹取家のクリスマスパーティーはいつも豪勢で、華やかだったことを。
そして、サンタクロースのことを。
あれはまだ、旦那様と奥様がご健在で、零一様はちょうど十歳になられた時、そして僕、三ツ夜 が孤児院から引き取られて二年目の冬のことだった。
零一様が学校から帰られ、僕をリビングまで呼び出した。
小学校の制服である緑のチェックのネクタイをしっかり上まで締め、ソファに座り、黒い半ズボンから見える白い足を組みながら、絵本を見ていた。
今思うと、零一様は同年代のお友達よりも大人びた子どもだったように思う。
漢字の書き取りも九九も、どの子よりも早く出来ていたし、読む本も絵本ではなく、字の詰まった大人が読むような小説を好んで読んでいた。
僕は温かい飲み物をお入れしようと甘いココアを作り、暖炉の火がぱちぱちとはぜるリビングに行った。
大人びた零一様だけど、甘いものがとてもお好きだった。
いつだったか、零一様の大叔母様がお茶会を開かれた時に、ストレートティーをご馳走になった。僕は使用人で傍にいただけだったから、頂かなかったが、零一様は時間をかけて全て飲み干された。
けれど、帰った後、「ミツ、ココアを入れて」と言われたため、入れて差し上げると、「あぁ、美味しい」とすぐに飲み干された。
「あの紅茶、私の口には合わなかった。やっぱりミツのココアが一番好き」
とこっそりと教えてくれた。
「お砂糖やミルクを入れたら、良かったのではないですか?」
「だって……いとこのお兄様もお姉様もそのままで飲んでいるのだもの。私だけ、お砂糖やミルクで飲むだなんて、小さな子どもみたいじゃないか。本家の長男なのに」
零一様でも見栄をはることがあるのだな、と驚いた。
ココアを持って、リビングに入ると、零一様はソファを叩き、座るように促した。
ココアの入ったティーカップとソーサーを机の上に置き、僕は隣に座った。
「ミツ、今日学校の図書館で『サンタクロース』の絵本を借りてきたんだ。ミツはサンタクロースは知っている?」
僕はふるふると首を横に振る。「知りません」と。
「サンタクロースは12月24日の夜に贈り物を届けてくれるおじいさんなんだ」
「え!贈り物を?」
「しかも、子どもだけにね。ミツにこの絵本を読んであげるね」
零一様はスラスラと絵本を読み、サンタクロースとは誰なのか、どういうことをしていくのかを説明してくれた。
子どもだった僕は、すっかりそれを信じてしまった。
「サンタクロースさんって、すごいですね……。零一様はサンタクロースさんにお会いしたことがあるのですか?」
「まだないなぁ。大人になったら会えるよってお母様が教えてくれた」
「じゃあ、旦那様も奥様もお会いしたことがあるのですか!?」
「あるみたいだよ。私のほしいものをサンタクロースに伝えてくれているらしいし」
「すごい……!」
僕は両手を口に当てて、感動してしまった。
世界中に贈り物を届けるおじいさんとあったことがあるだなんて、本当にすごいと思ったからだ。
けれど、そこで悲しいことに気づく。
どうして、僕の所には来てくれなかったのだろう……。
絵本の中では、「よい子の所に来てくれる」と書かれていた。
僕は、よい子じゃなかったから?
サンタクロースにお願いするお父さんとお母さんがいなかったから?
零一様は俯いている僕の姿を見て、何かを感じ取ったのか、僕の頭を撫でた。
「今年のクリスマスは、お父様とお母様にサンタクロースにミツの欲しいものも伝えてもらうようにお願いしてみる。ミツは何が欲しい?」
急に欲しいものと言われても、僕は何も思い浮かばなかった。
「僕、何も欲しいもの、思い浮かばないです……。零一様は去年、何をお願いしたのですか?」
「私は……植物図鑑をお願いした」
「植物図鑑?」
僕はその時、今年の春のことを思い出した。
春休み、遠くにお出かけした時に花畑で遊んだのだ。
その時に学校の宿題である絵日記をつけなくてはいけないと零一様が言われたため、植物図鑑を一緒に見ながら、珍しいお花を探しながら、スケッチしていた。
「ミツはお花が好きだろう?だから、沢山お花がある所に連れて行ってあげたかったし、図鑑を見ながら探検もしたかったんだ。いつも、私は一人で探検に行ってたから」
あの時、一緒に手を繋ぎながら、お花畑や林の中を歩いた。
夕暮れ時、心細くなった僕の手を引いて、別荘に帰った。
零一様がいつも以上に頼もしく見えた。
「じゃあ、私がミツの贈り物を選んでもいい?」
「零一様が……?」
「思いつかないなら、僕がミツに贈り物を考えて、お父様にお願いしてみる。サンタクロースに頼んでもらうように。いいね?」
「はい!」
贈り物なんて、初めてのことだった。
絵本の中の女の子がワクワクしながら眠りにつく気持ちが分かった。
「ミツ。サンタクロースに贈り物をもらうには、今夜はちゃんと良い子でいなきゃいけないよ。ご飯は残さず食べなきゃいけないし、歯磨きをして、早く寝なきゃいけない。これが出来ないと、サンタクロースは来ないから、気をつけてね」
零一様は僕の唇に指を当てた。
僕はこくりと静かに頷いた。
夜。
お洗濯を終わらせて、零一様に「おやすみなさい」と挨拶をした。
零一様は「おやすみ」と言われ、意味ありげに片目を閉じた。
使用人用に小さな洋室を一部屋頂いており、その時は僕一人が使っていた。
ベッドに入り、布団にくるまる。
窓の外ではいつの間にか雪が降っていた。
「道理で寒いわけだ」と思った。目をつぶっているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
真夜中だったと思う。ギシリ……ギシリ……とフローリングを踏む音が聞こえた。
サンタクロースかもしれないと思ったが、目を開けたら、いなくなってしまうかも……と思い、目を開けなかった。
枕元に何かを置かれ、おでこに柔らかいものが当てられた感触があった。
何だろうと目を開けると、そこには誰もおらず、枕元に緑の包装紙にくるまった四角い箱があった。
朝、僕は慌てて、零一様の元に行くと、零一様も同じものを貰っていた。
一緒に贈り物を開けると、そこには赤い表紙の日記と鉛筆が五本入っていた。
「私と同じ、赤い日記だよ」
「日記?」
「そう。字の練習になるし、その日あったことをそのまま書くんだ。何でもない日常がかけがえのないものに思えるからってお父様が前に言ってた」
初めて、僕だけの贈り物を貰え、小さな指で赤い表紙をなぞった。
零一様は、僕の手を握る。
「楽しいことも、悲しいことも、全部書こうね。それら全てがきっと私たちにとって、かけがえのないものになるはずだから」
僕は何度も何度も頷いた。
大人になってからも、僕の所にはサンタクロースがしばらくやってきた。
正体は分かっている。
そして、決まって贈り物は毎年、赤い表紙の日記。
僕が与えられた小さな家で、毎年クリスマスの夜を零一様と過ごし、枕元に置かれる。
あの時のように、そっと額にキスをして……。
終
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