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 17:34 依頼人=助手Y Part3 「先輩の思考回路が理解できません」   探偵事務所である生徒会室に帰って来た助手Yは名探偵に詰め寄っていた。  依頼を受けてから依頼品発見までの間、彼とは終始行動を共にしていたというのに未だに謎が解明できていない。  むしろ、手品のように現れた依頼品のせいで謎は深まるばかりだ。  このままでは眠れない夜を過ごすことになってしまう。 「僕の安眠のためにもちゃんと説明してくださいっ」  引きこもり歴数年、趣味は料理と読書。  中でも推理小説が好きで良く読んでいた。  読み進めるにつれて少しずつ解明されていく謎と真実、全ての辻褄があった瞬間の爽快感が堪らなく好きだった。  な、の、に。  全く解明されないばかりか深まり続ける謎。  依頼品が見つかったのに何の辻褄も合わないチグハグ感。 「気持ち悪い…」 「ええっ!? ほ…保健室行く~?」 「行きません。 探偵さんは早く説明して下さい」  「探偵さん~?」とクスクス笑いながら、面白いからそれっぽくやってみようか、と乗り気になり姿勢を正す先輩。  ソファーに深く座り、長い足を優雅に組んだその上に片肘を乗せて頬杖をつく。 「初歩的なことだよ、ゆずるん君」  誰がゆずるん君ですか。  小説内で言われたことはないらしいのに有名なその台詞は、ロンドンの名探偵と言えば彼、と誰もが知るその人のもの。 「どういうことですか?」 「ヒントは2つ~」  一つ目は依頼品。  誰もが持っている生徒手帳。 「ただの生徒手帳ですよね?」 「なんの変哲もない、みんなと同じ手帳だね~」 「それがどうしてヒントなんですか?」 「それはね~、紛失届を出すのも、拾得物を届けるのも本来なら事務室だからだよ~」  なるほど。  事務室ではなく生徒会室に頼みに来たからには、ただの紛失事件ではないということか。  そもそも紛失では事件にはならない。  ――いくらなんでもこじつけ過ぎでは…? 「あの子、失くしたものを探してくれるって“聞いたんです”って言ってたんだよ~」  えーっと…言ってた、かも?? 「聞いた、ってことは誰かに相談したってことでしょ~? 生徒手帳をなくしたって相談された人は、なんて答えると思う?」 「――事務室に届けるように言う…」 「俺もそうする~」  正解、とニッコリと同意される。  つまり、事務室に届けを出すだけでは納得できず、他の方法も探したということだ。  場合によっては、事務室に届けを出しに行き、そこで聞いていた可能性すら考えられる。 「ゆずくんだったら、生徒手帳をなくしちゃったら事務室に届け出る以外に何かする?」 「――しないです」 「だよね~。 すぐに必要ならその場で再発行の申請もできるしね~」  月初に使い始めて約半月。  まだ何も書いていないし、思い出が詰まるほどの時間も経っていない。  他に学生証が必要な時なんて定期を買う時位だが、入学して一ヶ月も経っていない今、定期の更新が必要とも思えない。  恐らくほとんどの生徒が同じで、失くしたとしてもそこまで真剣に探したりはしないだろう。  だから、そんな手帳を真剣に探している彼にとって、それは“ただの生徒手帳”ではなく“特別な生徒手帳”ということ。  どうしても探さなければいけない理由があるのだろう。 「手帳が特別なのはわかりました。 でも、それだけだと体育館に行った理由にはならないですよね?」 「その通りだよ、ゆずるん君」  探偵ポーズの脚を組み換え、キリッとした表情を作って続きを語り出す。  ノリノリですね、先輩。 「大事なのは中身だよ~」 「生徒手帳の中身、ですか?」  そもそも生徒手帳は、掌サイズの小さな手帳だ。  最初のページには本校の生徒であることを示す旨と、名前、住所、生年月日などが顔写真と共に記されている。  更にページを捲ると校則、校歌、年間スケジュール等も記載されていて、後ろ半分のスケジュール帳とメモ帳は自由に書き込んで使えるという優れもの。  まあ、ごく普通の生徒手帳だ。  小さな手帳には学年カラーのカバーもかけられている。  一年生が青、二年生は黄色、三年生は赤。  それぞれの学年カラーのカバーには小さく校章も配われていて、この学校の生徒には入学と同時に漏れなく配られている。 「そうそう~。 全生徒の誰もが同じ物を持っていて~、万が一の時は再発行もできま~す。 それなのに、どうして特別な手帳なんでしょう~?」 「――同じじゃないから…?」  同じなのに同じじゃないって答えが既に矛盾してるが、クエスチョンマークだらけの頭で考えた結果、出た答えがそれだけだった。 「うんうん~。 ゆずるん君、解ってきたね~」  いえ、全然解っていません。 「つまりね~、失くした時あの子の手帳はみんなのものと同じではなくなっていたんだよ~」 「一応手帳ですし、使っていればそれが普通ですよね?」  生徒手帳は身分証明書のイメージが強いので、文字通り手帳として使用している人は少ない。  それでも、手帳には違いないわけで、彼が手帳として活用していた可能性だって充分あるはずだ。 「うんうん、そうだね~。 でもね、予定や連絡先が書いてあるだけなら、ここに来た時に堂々と事情を説明すればよかったんだよ~」  生徒手帳を失くしてしまった。  そこにしか書いてない予定が…。  友人たちの連絡先が…。  大事なメモが…。  どんな理由でもよかったはずだ。  なんなら、真実でなかったとしても探す前には気付けない。  でも、彼はそうしなかった。  できなかった?  言い淀み、そわそわとしていた。  そんなことにも気付けないほど、焦っていた?  先輩が、探す手伝いを了承するまで。 「理由を話さずに探すって言ってもらえて、ほっとしたんですかね」 「チッチッチッ。 まだまだだね、ゆずるん君♪」  僕が言い始めたことだけど、探偵さんのノリが良すぎてたまにイラっとする。 「――クスッ。 探偵さんごっこ、飽きちゃった~?」  またしても言い当てられ、困ったような顔で苦笑された。  こんな表情まで洗練されて見えるのは、但しイケメンに限る、というやつか。 「あの子がほっとしたのはね~、理由を聞かれなかったのももちろんあるけど、“そこだけ、確認する”って言ったからだよ~」 『生徒手帳ですか~。 一番前に名前も顔写真も載ってるページがあるからすぐにわかりそうですね~。 見付かったら、そこだけ、確認してお届けするってことでいいですか~?』  要するに。  彼の手帳には他の手帳とは違う“何か”があり、それを誰かに見られる前に探したくて依頼に来た。  そして、見られたくない“何か”は、探し当てた人に見られてしまう可能性があることすら危惧していた。  だから、探し物の依頼をした生徒会が、名前のページだけを確認する、と断言したことによって大切な“何か”を誰かに見られてしまう可能性が減ったことに安堵した、と言うことらしい。  彼が生徒会室に滞在した時間はおよそ15分。  少しずつ解明されていく謎とは裏腹に、僕の心は落ち着かなくなるばかりだ。

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