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1703 依頼人=助手Y Part2
依頼人CとDの事件 も無事解決し、次の謎に迫ろうとした時、一瀬先輩に「お出かけしようか~」と提案された。
依頼人Aの生徒手帳を探しに行くらしい。
曖昧な言葉で躱してはいたけど、ちゃんと探してあげるんだな。
入口の扉に“ただいま巡回中”と書かれた札を掛け、鼻歌混じりに歩き始めた先輩を追いかける。
「探し物はなんですか~♪」
生徒手帳です。
先輩、意外とお歌がお上手ですね。
「見つけにくいものですか~♪」
まぁ、校内は広いですから見つけにくいと思いますよ。
それにしても、選曲古くありませんか。
「カバンの中も、机の中も、探したけれど見つからないのに♪」
そこを探したのは依頼人ですけどね。
――この曲、僕も先輩も世代じゃないのに何で知ってるんだろ。
「まだまだ探す気ですか~♪」
まだ探し始めてもいないです、ってそろそろ突っ込んだ方がいいのだろうか。
「それより僕と踊りませんか~♪」
「先輩、どこに行くんですか?」
「夢の中へ~♪ ん~? 体育館だよ~」
「――そうですか」
何で体育館?
依頼人Aの話には体育館なんて単語は一度も出なかったはずだ。
こうなってくると、名探偵ぽややんの思考回路が一番の謎かもしれない。
フフッフーン♪ と絶賛熱唱中の先輩は、通りすがりの生徒に相変わらずヒソヒソと噂されている。
「プリンス、ご機嫌モード?」
「歌ってる~、可愛い~」
「後ろにくっついてる子、噂の子?」
「そうそう。 プリンスのお気に入り宣言とか、マジ尊いっ!」
「分かる~! お気に入りが男の子って――」
途中からヒソヒソ声が更に小さくなり、最後に“キャーっ”とハートが飛び交うような黄色い声があがった。
えっ。 何なになに??
なんとなく恐怖を感じて小走りで先輩を追いかける。
少し歩調を緩めた先輩が「どうしたの~?」と笑って振り向いた。
「いえっ…。 あの、生徒手帳なくした人、お知り合いですか?」
「ううん~。 さっき初めてお話したよ~」
さすがに「プリンスのお気に入りの噂をされてました」なんて言えない。
代わりに直前まで考えていたことを聞いてみたが、残念ながら“実は二人は知り合いで行動範囲を把握している”説は外れらしい。
それ以外の可能性も色々考えてみたが全く検討がつかない。
やっぱり僕には名探偵の血は流れていないみたいだ。
そうこうしている間に体育館が見えてきた。
入口に数人の女生徒が中を覗きこむように立っている。
「女の子がこんな時間まで残ってるなんて危ないなぁ~」
確かに、春とはいえそろそろ辺りは暗くなろうとしている。
家に着く頃にはもっと暗くなるだろうし、女の子が歩くには少し心配だ。
先輩の呟きが聞こえたのか入口にいた生徒が一人振り返った。
「えっ!? 一瀬副会長っ!?」
「キャーーー!! プリンスっ!!!」
「す…すぐに帰りますー! サヨウナラー!!!」
蜘蛛の子を散らすように帰っていく彼女たちに「サヨウナラ~」と呑気に手を振る先輩。
こんなにぽややんなのにすごい人気だな…。
「何してたんですかね、彼女たち」
「ん~、バスケ部の見学だと思うよ~」
そういえば、瑛士に散々誘われた先が体育館だったなと思い出す。
ほらね~、と促されて覗いた先ではバスケ部が練習をしていて、奥の方で瑛士がちょっと怖そうな雰囲気の人と話しているのが見えた。
「うちの学校は部活動が盛んなんだけどね~、中でもバスケ部は運動部の花形だし、人気なんだよね~」
イケメンも多いしね~、とプリンス様が悪戯に笑って仰る。
誰がよりイケメンかなんてことは僕にはわからないけど、ご自身の方が知名度は高いのではなかろうか。
コートサイドを練習の邪魔にならないように進みながら、チラリと練習風景を盗み見る。
隠されてるわけではないし、堂々と見たっていいのだろうけど、見る目的が違うと何となく疚しい気持ちになるのは何故だろう。
コート上にはバスケ部らしく長い手足と高身長の人が多くいる。
身体全体にバランス良く付いた筋肉を躍動させる姿はイケメンと呼ぶのに相応しいものなんだろう。
まあ僕にはそもそも他人とかどうでもいい。
そのまま奥へと進んで行くと鉄製の扉の前に辿り着く。
重そうな音を立てて開いた扉の中に入ると、少し埃っぽい空気の漂う空間が現れる。
舞台へ上がるための可動式の木製階段と、2階へと続く狭い階段。
どうやらここは舞台袖のようだ。
「この上にね~、音響室とギャラリーがあるんだよ~」
音響室は施錠されているけど、ギャラリーは名称通り試合を観戦出来るように普段から解放されているそうだ。
狭い階段を登ると、そこでは数人の生徒が体育館を見下ろしていた。
「ここにあるんじゃないかな~、って思ってるんだよね~」
――はい?
「ちょっと見てくるね~」と足元を見ながら行ってしまった名探偵。
残された僕は思考停止状態。
――えっと?
あるって、探し物の“ 例のアレ”ですか?
ここに?
あるの??
えっ? なんで??
だって“彼”は体育館に行ったなんて一言も言ってない。
僕と同じ位の高いとは言えない身長で、とてもバスケットをやってるようにも見えなかった。
腕だって華奢で、抱えた鞄に付いた小さな鈴がチリンって――…
「あったよ~♪」
どう思考を動かしても僕が今ここに居る理由には結び付かない。
それなのに。
ニコニコと笑いながら戻ってきた名探偵の手の中には、確かに青い小さな手帳が乗っていた――。
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