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プロローグ

 いつも二人で緑の草原を駆け回っていた。どこまでも果てしなく続く丘を越え、白い羊の群れを追う。草原を吹き抜ける風は心地よく、空は突き抜けるほどに青かった。  地の果てまで競争だと言い出すのはいつも必ずユイスで、途中で力尽きて負けるのもユイス。どうして勝てもしないのに競争だなんて言いだすのかと、レイスは毎回笑っていた。ユイスも、同じように笑った。勝ち負けなんて関係なかった。一緒にいるだけで楽しくて、幸せだった。 「走ったらおなかすいたー。今日の晩御飯なんだろうね」 「肉だぜ肉。昨日魚だったもん。オレ、兄貴に言っといたんだ。今日は肉にしろって」  二人で仔馬に乗って、たわいもない会話をする。日差しはそろそろ西に傾き始め、夕暮れ時が近づいている。家に帰れば母と姉が、兄の捕ってきた獲物で夕食を作って待っているはずだ。  えさ場に連れてきた羊たちも、ようやく満腹になってきたらしい。去年拾った二匹の狼が灰色の身体を大きく震わせて、立ちあがった。青くて鋭い目で追いたてられ、羊は満腹の身体を揺すりあげていやいやながらに動き出す。最近はユイスやレイスよりも狼の方が優秀だと、兄に笑われている。実際、そうかもしれない。 「イオスとイルムに任せっぱなしだと、またメイ兄さんに笑われるよ」  ユイスが二匹の狼の後を追いかけようと、レイスの背中を小突いた。正直、二匹に任せておけば勝手にやってくれるんだから、自分たちはのんびりと後を追いかけて行けばいいだけだとレイスは思っていたのに、真面目なユイスはそれを許してはくれないらしい。  更に、そんなレイスの心境を見透かしているように、先の方で狼が二人に向かって大きく吠えた。 「ちぇっ、怒られちまった。しゃーない、行くか」  レイスは舌打ちして仔馬を駆けさせた。  羊たちがのんびりと歩きだす。いつもと同じ帰り道だった。その時は二人とも、なにも疑ってはいなかった。  あの丘を越えれば自分達の天幕が見えるというところに来て、急に仔馬が足を止めた。そこでようやく何かがおかしいと気が付いた。仔馬を促しても、前へ進むのを嫌がるように嘶く。羊たちも急に落ち付きがなくなり、逆向きに走り出すものもいる。  イオスとイルムは丘の上に駆けあがり、二人を呼ぶように大きく吠え、それから丘の向こうに向かって唸り声を上げた。  ユイスが不安そうにレイスを見上げた。  レイス自身も、鼻につくわずかな異臭をかぎ取っていた。 「嫌な予感がする。行くぞ」  馬を捨ててレイスは丘を駆け上がった。そして目の前に現れた光景に、絶句した。そこにあったのは、いつもの夕暮れ時の村ではなかった。  焼けた天幕。逃げ出す人々の群れ。追い立てられる家畜たち。その向こうでは、武器を振りかざした男達が戦っていた。 「敵襲だ!」  全力で丘を駆け下りた。戦っていたのは敵対している部族の男達だった。 「待ってよレイ、今行ったら危ないよ!」 「馬鹿言うな、母さんと姉さんが心配じゃないのかよ!」  怯えて足をすくませるユイスの手を引いて、レイスは走った。ユイスが足をもつれさせて転びそうになるたびそれを助け起こして、半分引きずるようにして村に急ぐ。  村に近づくごとに、戦線もこちらに迫ってくる。戦況は圧倒的に不利だった。急がないと、戦列が崩れて本格的に敵がなだれ込んでくるかもしれない。  焼けた天幕の煙が目に染みて、レイスは歯を食いしばった。二人は逃げまどう村人をかき分け、燃え盛る自分たちの村にようやくたどりついた。しかしその瞬間、戦列の一角が崩れたった。  喝采が上がった。敵が一斉になだれ込んでくる。残っていたわずかな村人が目の前で殺され、連れさらわれていく。恐怖で全身が凍りついた。  血しぶきが炎と黒煙の中に飛び散る。 「か、母さんは、どこ……?」  真っ青になって、泣きだそうにも涙も出ないような状態で、ユイスが母親の姿を求め、ふらふらと歩きだそうとした。反対側からは、敵の男達が近づいてくる。レイスは慌ててユイスの手を引いて物陰に飛び込んだ。  今にも泣きわめきそうなユイスの口をふさいで息を殺す。男達は、二人に気づかないまま行き過ぎた。   レイスはユイスの手を引いて自分の家まで一目散に走った。戦士である兄はきっと最前線で戦っていたはず。誰より強い兄が簡単に敵に殺されるなんて思わないが、無事でいるのかわからない。  どのみちこのままここに居たら自分たちも殺される。早く母と姉を見つけて、ユイスとみんなで逃げなければ。  だが、やっとのことで家にたどりついて、戸布をめくりあげてみつけたのは、優しい母でも気の強い姉でもなく、敵の男達の飢えてギラついた眼と、血に染まった鋭い刃でしかなかった。

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