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第1話

「ちょっと早いけど、はい!」 組織に生活の拠点を移しながらも、何度目かの撮影で桜華を訪れた際。 手を引かれ物陰に連れ込まれると、腐れ縁の克己から手の平に隠れるほどの小さな紙包みを手渡された。 「……ンだ、こりゃァ?」 綺麗にラッピングされた箱を一応は受け取りながらも、訝しげに聞いた。 「もう……っ、チョコだよ。思いっきり義理だけどね」 よく見れば、深紅の包装紙には黒字のローマ字でセント・バレンタインの文字が描かれている。 「……あー、もうそんな時期か」 思わず渋顔になる。 毎年この時期になるとファンだという傍迷惑な輩が増殖し、学園の隅々まで追い回された挙句、到底抱え切れないほどのチョコレートを押しつけられるという苦行が待っていた。 いくら蹴散らしたところでメゲない、あの打たれ強さには本気で参る。 そもそも甘いものが好きではない上に、一方的にお返しなるものを期待する神経が理解できなかった。 「……悪ィけど、いらねェ。テメェで食えよ」 突き返すと、克己が口角を上げて意味ありげに微笑んだ。 小悪魔の笑みというやつだ。 「いいのかなぁ。これシロちゃんにあげたら、きっと面白いことになると思うよ?」 「……は?」 媚薬入りかと考えて、まさかな、と首を振る。 士郎もたいがい克己に関しては過保護だが、克己も克己で士郎にはかなり甘かった。 士郎相手に自分がおかしなことをしないか、笑顔の裏で常々見張られているくらいなのだ、いくらバレンタインとはいえ、そんな怪しげな薬を手渡してくるとは考えられなかった。 なら、何だ? 視線で問えば、 「食べさせてみればわかるよ。くれぐれも二人きりで楽しんでね?」 これまた意味深な視線を残し、少し離れた場所に立っていた恋人の達也と連れ立って去っていく。 しばし手の中の小さな箱を見つめていたが、毒でもなし、そこまで言うのなら試してみるかと、とりあえずは持ち帰ることにした。

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