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第3話
ズキン、ズキン……。
遠くで、頭が痛む。
ぼんやりと、口移しでチョコレートを食べさせられたところまでは、覚えていた。
アルコールがふわりと香り、その後の記憶はひどく曖昧だった。
ズキン……。
身体の奥に甘い痛みが走る。
確かに抱かれたはずなのに、その間の記憶はすっかり抜け落ちていて、切なくなる。
龍之介は帰ったのだろうか?
手を伸ばして触れたシーツはすでに冷たかった。
寂しさに押しつぶされそうになる。
「結局渡せなかったな……」
起き上がり、机の引き出しを開けた。
黒地に白抜きで異国の文字が描かれた、極シンプルなデザインの板チョコが、無造作に横たわっている。
ほとんど甘さを感じさせない、カカオ分が極端に多いビターチョコレート。
芳醇な旨味があり、甘いものが苦手な自分がこれなら食べられると言って以来、毎年母が買って送ってくれるものだった。
今年は密かに、販売元を調べて取り寄せた。
いつも会いに来るのはいきなりで、会える見込みなどこれっぽっちもなかったが、会えたなら渡したいと……会えたからには渡せると、密かに期待していたのだが。
はぁ……。
結局渡せないままかと、ため息をついた時だった。
シュッと空気音がして、部屋のドアが開いた。
「……ようやくお目覚めかよ。この酔っ払いが」
タオルで濡れ髪を拭きながら入ってきた龍之介に、唖然とした。
「テメェがあンま起きねェもんだからよ。ヒマしてトレーニングルームで走ってた。……って、おい……、今、何隠しやがった?」
バタンと慌てて閉じた引き出しを、すかさず見咎められた。
「なっ、何でもないっ!」
焦って、声がひっくり返った。
これでは隠し事をしてますと言っているようなものだ。
「……なら、手ェ離せ」
「……嫌だ」
「つーか、マッパだけど、いいのかよ?」
慌てた隙をついて、引き出しをこじ開けられてしまう。
「……っ!!」
「……なァ、こりゃ、何だ?」
嬲るように、笑われた。
加速度的に濡れていく声。
「……どー見ても、チョコだよなァ?」
板チョコをつかみ、パッケージにキスをくれると、もはや色気垂れ流しとしか思えない斜めの視線を送ってくる。
「……誰からもらった?」
自分で買ったのだが、言えるくらいならはじめから素直に吐いている。
……らしくない。
自分でもどうかしていると思った。
もらう事さえ不慣れなのに、買うなどハードルが高過ぎて、通販でなければ手に入れることさえ難しかったに違いない。
だが、甘いものが嫌いな龍之介も、これなら美味いと言ってくれるかもしれない。
そう思ったら、いても立ってもいられなかった。
離れていても、いつもおまえを想っているなどと甘い言葉を吐くつもりはなかったが。
龍之介のことを考えて、甘くほろ苦い夜を過ごすこともあるのだと、暗に伝わればいい。
……そう思った。
そうこうするうちにも龍之介は見せつけるようにパッケージを開いて板チョコを割ると、手にした欠片を自らの口に放り込んだ。
固唾を飲んで、その様子を見届けた。
フッと、雰囲気が甘く緩む。
「……うまいじゃねェか」
「……っ」
心臓を直接つかまれたような気分で立ち尽くした。
「……なァ、食わせてくンねェの?」
差し出されたチョコレートを、魅入られたように素直に受け取ってしまう。
パキッと折って、一口大にした欠片を震える指先で差し出した。
わざとらしく、指先に肉厚の舌が絡む。
「……っ」
視線で嬲られながらも、ようやく手の中のチョコレートが龍之介の口内に消えた。
「……オマエも味わえよ」
吸い寄せられるように唇が重なり、芳醇な旨味と苦味が混ざり合う。
「バレンタインも案外悪くねェな」
来年もまたこれが食いたいと、耳元で甘く強請られた。
「気が……向いたらな」
もはや完全に溶けた表情をさらしている自覚はあったが、必死に強がり、うそぶいた。
喉の奥で笑った龍之介の唇が、首筋や鎖骨の谷間に降りてくる。
むせ返るような甘いチョコレートの香りに包まれながら、この後に襲い来る制御不能の熱を思い、半ば絶え入るように目を閉じた。
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