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金は何も生まない、かもしれない
明朝、つまり土曜日の朝、俺が目を覚ますとおじさんは俺の部屋から消えていた。忽然と最初から居なかったように跡形もなく。
「なんだよ……」
結局、一日や二日で消えるのか。抱いたら満足したってか、あんなに好き好き言って余裕だって無くしてたくせに。こんなにも頻繁に人に捨てられるというのは俺に問題があるのだろうか、と思ってしまう。でも、探しに行こうとか、後を追おうとかは思わない。ここで終わらせなければ、ズルズルと引き擦って後悔をするのは自分だからだ。いつも後で後悔する。
今だって記憶を引き摺っている。今日に限って大学は休講だし、バイトも辞めてしまった。結局、俺に残った物って何だったのだろうか。記憶とか感覚とか、そんな曖昧なモノいらないのに。
「ただいま」
目覚めて、何時間その場に居たのだろうか、急に開けっ放しだった玄関から帰宅を告げる声がした。
「……?」
「ただいま」
「……おじさん?──は?あんた!どこ行ってたんだよ!」
部屋の扉を開けて、中に入って来たのは紛れもなくおじさんだった。相変わらず骨折した時みたいに右腕を三角巾で吊っているけれど、上機嫌にニコニコと笑っている。
「仕事に行ってたんだ。養いたい子が見つかったから」
「それって……」
「君だよ」
「他に居るだろ」
正直、嬉しかったけれど、一人で置いていかれて色々考えて無駄な時間を過ごしてしまったから、わざと拗ねながら言ってやった。
「私には君じゃなきゃダメなんだ」
「っ、し、仕事って?」
言ってもらいたいと思っていた返事が聞けたが、照れ臭くなって、俺は話題を変えた。
「はい、これ」
「名刺?」
手渡された名刺に視線を落とす。初めて、おじさんの名前が分かった。前島 雄治(まえじま ゆうじ)、サニー株式会社 代表取締役社長。
「は?代表取締役?しかも、あの大企業の?」
サニー株式会社といえば誰でも知ってる大手電気機器メーカーだ。だから、おじさんは人生に飽きたと言っていたのか。組織の頂点なんだもんな、時間があってジムに行ったりして……、ってのは安易に想像がつく。代表取締役なんて、誰も怒れないしな。
「なんでヒモのフリなんてしてたの?」
「君のそばに居たかったからだよ。そうだ、君と住む家も買ったんだ。家政婦さんは何人欲しい?君の御両親にも挨拶に行かないとだな」
欲しい子供の数を聞くみたいに欲しい家政婦さんの数を聞かれても困る。俺は、まだ起きてから何の準備もしていないのに人の腕を掴んで外に連れ出そうとしているし。この人、俺より凄く歳上なのに、中身はちょっと子供っぽいんだな。仕事の時は、また変わったりするんだろうな。
「あのさ、家政婦はいらない」
「私は何も出来ないぞ?」
昔から御曹司かよ。そんなに自信満々に言わなくても良いのに。
「俺が出来るから。それに俺の両親に会うって言うけど、俺の名前も知らないじゃん?」
「名前……、教えてくれないか?」
おじさんは、まるで婚約指輪を差し出してプロポーズをするように俺の前で跪き、そして、俺の手に軽くキスをした。改めると恥ずかしくて、顔が熱くなった。今更……、なんて思いながらも俺は口を開いた。
「……た、まき……正孝」
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