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 おれを保護してくれたのは、アヤさんだった。  いや、保護って言ったら大げさになるのかな。でも、おれにとってはまちがいなく「保護」。アパートの部屋の鍵をなくして、深夜一時に道をうろうろしていたおれに声を掛けてくれたんだ。  年の瀬だった。  アヤさん、本名国定綾人さんは自販機の前の道に這いつくばっているおれの姿を、三分間は道の端で観察していたらしい。鍵がないとわかって立ちあがったおれの顔をスマホの懐中電灯機能で照らし、「あ」と言った。 「ドMの深谷君」  いきなり顔に光を当てられて怯んだうえ、ドM呼ばわりされてびびったけど、誰かわかってほっとした。アヤさんはボブ・ディランがアルバムのジャケットで巻いていたような、黒と白のマフラーを口元まで巻いて、黒縁眼鏡の向こうの目を丸くしてこっちを見ていた。 「なにしてるんだ、深谷君。酔っぱらって吐いてたのか?」 「ちがいますよ……鍵、探してるんです。部屋の鍵、飲み会の帰りに落としちゃったみたいで。あと、その呼び方やめてください」 「大変だな」  アヤさんはおれの渾身のお願いをさらりとスルーした。視線を自販機の光が届いている地面に走らせた。 「ここで落としたっていうのは確かなのか?」 「たぶん。水買ったときに、落としたのかなって。でも、ありませんでした。スーツのポケットに入れとくんじゃなかった」 「ほかに心当たりは?」 「飲み会があった店です。でも、引き返して探したけどなかった」  おれはぶるっと震えた。 「アヤさんはなにしてるんですか?」 「おれは店閉めて、コンビニに雑誌買いに行ってたとこ」  アヤさんはそう言って雑誌の入ったビニール袋を掲げてみせると、とことことおれのほうに寄ってきた。一メートルくらいまで距離が縮まったところで、手招きする。 「外は寒いしさ、今夜は諦めてうち来る?」  おれは正直まだ諦めたくなかったけど、ここらへんは街灯が少なくてとても暗い。店からここまで探しながら道をたどってきたけど、見つけられなかった。明るくなってからのほうがいいかもしれない。  それに……厚かましくて申し訳ないと思ったけど、このまま外で一晩過ごしたら凍死する可能性がある。おれは頭を下げた。 「すみません、一晩置いてもらえますか?」 「いいよ」  アヤさんはいつものミステリアスな雰囲気からは意外な、気さくな笑顔を浮かべて言った。 「おれんち、来たことあるよね? 店の二階に住んでるんだ」 「わかります。そういえばこの近くですよね」 「そう。五分くらい歩いたとこ。運がよかったね、深谷君。今日明日は記録的な寒波だって」  おれは「ありがとうございます」と答えてぶるぶる震えた。酔いも覚めた。アヤさんがおれになにかを手渡した。 「これ、あげるよ。おれの使いかけだけど、カイロ。深谷君、寒そう」  確かにおれはガタガタ震えていた。ダウンを着てくればよかった。カイロを受け取り、頬に押しつける。あったかい。 「もう四十六なもんでね、寒さがこたえるんだよ」  アヤさんはそう言って、先に立って歩きだした。おれは地面に置いた重い鞄を拾い、アヤさんのあとを追いかけた。いつのまにか雪が降りだしていて、わびしさが募った。

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