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 おれは上着を脱いでネクタイをほどき、ワイシャツのボタンを二つ開けた。アヤさんはおれの上に覆いかぶさるようにして、手をおれの首に回した。触れられた瞬間、アヤさんの体温が飛び火する。がっしりして長い親指が皮膚の上から気道に触れて、思わずぞくっとした。おれの目を見つめる。 「本当に苦しかったら、ちゃんと暴れるんだよ」  おれは彼の目を見つめて、力なくうなずいた。今から絞めてもらえるという興奮と初めてのことへの恐怖で、体がふるふると震えていた。  アヤさんはいったん首から手を離すと、おれの頭を撫でた。 「大丈夫、優しくするからね」  その言葉と、頭を撫でる手の重みに安心する。  手がまた首にかかる。アヤさんは「いくよ」とささやいて、おれの首をゆっくりと絞めた。  どくどくと血が脈打つ。思った以上に、息苦しい。息を吸おうとしても引っかかる。でもアヤさんの手、あったかい。その手で触れられているだけで、おれは深い安心を感じた。殺されそうになってるのに、ふしぎだ。  それに、興奮していた。 「っは……かは……」  喉を鳴らすと、目の奥がちかちかする。苦しくて、そのぶん高まる幸福感。アヤさんは感情のない目でおれを見つめると、おれの体を軽く揺さぶり、ささやいた。 「深谷君は、ドMの変態だな」  きゅうんと体のどこかが縮まる。心臓がどくどくして、甘い痺れと激しい興奮が下半身から駆け抜けて脳髄に刺さった。 「は……あ゛、あ……」  喉がごくごくと鳴る。頭がぼうっとして、指先が痺れていく。アヤさんはおれの顔を覗きこんで言った。 「恥ずかしい子だ。やらしい顔してるよ」  股間が硬くなっていく。そう言ったアヤさんの顔は、けだものだった。このひと、絶対繁殖力つよいと、おれはぐじょぐじょになっていく頭で思った。  親指が気道を潰す。息が、荒くなる。そのとき、おれは思った。おれは、愛してるって言われたいんじゃない。変態だな、屑だなと罵られて、おまえはおれの道具だと言われたかった。  口の端から唾液が垂れていた。アヤさんの手が少し緩む。おれは必死で息を吸った。でも、また強く絞めつけられる。アヤさんの手首を握った。あったかい手。そのことに、どくどくとなにかが体の中を流れていく。  アヤさんの目は据わっていた。おれの思考回路はもうばかになっている。秘められた雄の顔が剥きだしになっていく、それが見えて、幸せだと感じた。昂った分身に電流が走り、快感が駆け抜けていく。アヤさんの手がぎゅっとおれの首を絞める。 「可愛いよ、深谷君」  アヤさんが妖しく微笑む。おれに、笑ってくれた……。嬲るような目に、自分が完全にモノになっているとわかって、うれしい。 「っ……は、あ……、あ゛……!」  アヤさんの手をつかんでもがくと、彼はおれの耳元でささやいた。 「大きくして、淫らな子だ。……我慢しなくていいよ」  その言葉に、おれの体はふっと軽くなった。力が抜けて、気がついたら、おれは下着の中で精液を漏らしていた。  アヤさんの手が離れる。おれはむせて、涙をぼろぼろ流しながら息を吸った。肺に空気が入ってきて、それが無上の幸せと感じた。  アヤさんは体をくの字に折り曲げて喘ぐおれを見ていたけど、おれが顔を上げると、なんだか強張った表情をしていた。ぽつりとつぶやいた。 「……どうだった? 少しは気持ちよかったか?」  おれは肩を上下させながら、「はい」と答えた。アヤさんは「よかった」と言った。その顔は心底安堵していて、おれの心臓はきゅんとなった。アヤさんは言った。 「深谷君、シャワー使って。すぐにタオル用意するからね。でもその前に、ちょっとトイレ行ってくる」  おれはまだ荒い息をつきながら、ふとアヤさんの脚のあいだを見た。そこは逞しく盛り上がっていた。  えっと思っているあいだに、アヤさんはトイレに行って、しばらく帰ってこなかった。それからあとは、タオルを貸してくれて、風呂場に連れて行ってもらった。出てきたおれは、下着とスウェットとセーターを借りて、またこたつの中へと戻っていた。 〇 「腹減ったな。ベーコンエッグ作るよ。深谷君は食べる?」 「あ……ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」  こたつから立ちあがったアヤさんに、おれは彼一人で寒い台所へ立たせるのは悪いという気になった。 「おれも手伝います」 「そう? いいよ、湯冷めしちゃう」 「大丈夫です。手伝わせてください」  アヤさんはまじまじとおれの顔を見て、笑った。 「ありがと。じゃあ、手伝ってくれるか?」  おれはうなずいて、わんこよろしくアヤさんのあとを追った。  台所はきれいに片付いていた。でも、料理好きなアヤさんにしては手狭だ。たしかに寒かった。彼は冷蔵庫から材料を取り出しながら、QUEENの”Crazy Little Things Called Love”を小声で歌っていた。おれはベーコンのパックを開けて、一枚一枚はがしていった。手に冷えた油がついた。 「愛とか恋とか、昔からくだらないと思ってきたよ」  フライパンにベーコンを並べながらアヤさんが言った。 「愛も恋もすっ飛ばした繋がりに昔から憧れてた。絆って言葉もまどろっこしいようななにかに。おれにとってはそれが欲望だった」  卵を割る。アヤさんはおれのほうを向いて、あのミステリアスな顔で、笑った。 「深谷君の顔見てたら、おれの中で欲望が動いたよ。久しぶりで、幸せだったな。ありがとう」  きっといいひとが見つかるよ、とアヤさんは言った。  おれは固まっていく白身を見ながら、自分の心を追いかけていた。狂っていくように、形を変えていくもの。自分でも理解できず把握できないそれを、おれは必死でつかもうとした。 「アヤさん。また、絞めてって頼んだら、絞めてくれますか?」  アヤさんは振り向いて、じっとおれの目を見た。 「いいよ。絞めてあげるよ」 「ありがとう。アヤさん、おれ……し、あわせだった」  そう、とアヤさんが言った。 「おれ、童貞キラーだったけど、本気になられるのは苦手なんだ。でも、本気になった男を捨てるのは好きだった」 「ドSですね」 「人でなしなんだよ。おれにとっては欲望がすべてなんだ」  だからさ、とアヤさんは言った。 「アパートの鍵、早く見つかるといいね」  おれはうなずいた。でも、このときにはもう、アヤさんの脚にすがりつく自分の姿が見えていた。愛も恋もすっ飛ばして、絆すらまどろっこしいようななにか。  そのなにかを、おれはアヤさんの部屋で見つけた気がした。  でも、恋人とか、結婚とか、そういったものが塵と消える世界で生きるには、おれはまだまだ子ども過ぎた。アヤさんは、きっとそれをわかっている。ただ、彼に少しでも大人の男に見られたかった。  できたよ、とアヤさんが言う。きれいなベーコンエッグが皿に乗っていた。

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