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「あ……。い、いや、ちょっと驚いたけど、大丈夫です。大丈夫っていうのもおかしいかな。アヤさんが元AV男優でバイでも、おれはそうだったのかって思うだけです」  それは嘘ではなかった。ただ、動揺はしている。すごく。アヤさんは短くなった煙草を灰皿の上に乗せると、眼鏡を外した。  どきっとする。鋭くて、吸い込まれそうな深い茶色の瞳。アヤさんはわずかに身じろぎして、机の横から体を出し、前のめりになった。 「ア、アヤさん、眼鏡は……?」 「目、悪くないんだ。ほら、眼鏡かけてると人畜無害そうに見えるだろ?」  それは偏見だしむしろセクシーです、とは、おれは言えなかった。 「ありがとう」アヤさんはそう言って笑った。 「でも、むりしてるだろ。顔を見てるとわかるよ」 「し、してません」  おれはなぜか虚勢を張った。少しでも、アヤさんに大人の男に見られたかった。アヤさんはまた少し身を乗り出した。 「そう。優しいな、深谷君は」 「……おれもドMなので、お互いさまですよ」  アヤさんは目を丸くした。それから、微笑んだ。 「そう言ってもらえるとおれも救われる。きみがMっていうの、なんだか納得してきたよ。SMでは、Mの女性のこと『犬』って言うけど、深谷君も犬みたいだな」  おれは沈黙した。耳の後ろが、どくどくいってる。アヤさんは言った。 「特に好きなプレイとかは、ないのか?」  そう言われて、おれが思いつくものが一つあった。これを言うと百発百中、引かれる。これのせいで女性に振られてきたんだ。  でも、おれはアヤさんを試したくなっていた。彼の目を見て言った。 「首絞めプレイ、です」 「手で? それとも道具で?」 「手で。愛するひとの手で、ゆっくり絞めてもらいたいんです」  そのときのことを考えると、おれはもうすでに昂ってしまいそうだった。アヤさんが言った。 「きみのポイントは、『愛するひとの手で』ってところなんだろう?」 「……はい」 「じゃあ、だめか」アヤさんは心なしかうなだれた、ように見えた。 「おれ、仕事で首絞めプレイもしたことあるんだけど。でも、パートナーとしたいんなら、だめだな」 「それって……『おれが絞めてもいいけど』って言ってるんですか?」 「興味あるなら絞めてあげようと思ったんだが」  おれは沈黙した。  興味? ……あるに決まってる。でも、な……。  おれはどきどきしながら言った。 「でも、好きな人がいいし、あと最悪おれ、女性がいいんですが……」 「だよな。うん、そうだと思ってた」  アヤさんはあのアンニュイな表情で微笑んだ。思わず、どきっとする。アヤさんは自分の顔の前に両手を掲げ、絞める動作をして見せた。その手に、十本の長く妖しい骨ばった指に、おれは惹きつけられていた。  この手で絞められたら、どんな感じがするんだろう……。それはあまりにも未知で、そのぶん眩しい光を放っていた。まわりのまともな景色を消し飛ばしてしまうほどに。 「まあ、気が向いたら言ってくれよ。絞めてあげることもできるから」  そう言ってアヤさんはまた元のように座り直し、煙草を吸いはじめた。  愛する人とじゃなきゃ、こういうことはしないと固く誓ってきた。でも、自分からそういう店に行くのとは違い、今は、あっちから言ってきてくれてる。ここで断ったら、もしかしたら、おれが誰かに首を絞めてもらうときは一生来ないかもしれない。  それでいいのか。そんな人生、わびしくないか。男の手でもいいじゃないか、それに、アヤさんセクシーだし、優しいし。……きっとうまいだろうし。セックスするわけじゃないんだし。  結局、おれは寂しいだけだったのかもしれない。  おれは飲みこまれていた。意を決し、のんびり煙草を吸うアヤさんのほうを見て、言った。 「し……絞めてくれますか?」

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