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契り 1
薄明るい部屋の中で目が醒めた。何度か瞬きをして目だけで辺りを窺う。窓の無い殺風景な小部屋――芳さまの寝室である。室内は薄らと明るい程度だが、居間の方へ目を向けると朝陽がすっかり昇っているようだった。
起き上がろうと試みるも驚く程に四肢が重く、関節がぎしぎしと妙な音を立てる。布団の中でごそごそと足指を動かしてみるもそれすら億劫だ。
――その原因は考えるまでも無く明らかだろう。瞬く間に昨夜のあれこれや己の痴態が蘇り、堪らず毛布で顔を覆った。
「……起きたか」
毛布から顔を出して声の方へ顔を向けると、階上から芳さまがこちらを見下ろしていた。僅かに乱れた髪とおざなりな衣の合わせに昨夜の事を思い出し、どぎまぎとしてしまう。
「どうした、妙な顔をして」
「……いえ、どんな顔をして良いものか分からず」
「そうか」
芳さまは鼻から息を洩らして微かに笑うと一度居間へ戻り、手に湯呑みを持って段差を下りて来た。
「声が掠れている」
差し出された湯呑みには並々と茶が注がれている。受け取るために起きあがろうとすると想像以上に身体が重たく、何とか上半身だけを起こして手を伸ばした。茶は淹れてから少し時間が経っているようで数度息を吹けば湯気を飛ばすに事足りて、一口含み唇と喉を潤した。
「ありがとうございます」
「いいや、昨晩は年甲斐も無く無体を強いた」
向けられる穏やかな眼差しに気恥ずかしい気持ちになりながら、芳さまの纏う雰囲気が変化している事に気が付いていた。昨日まではこんな表情はなさらなかった筈だ。この変化は身体を重ねた故なのだろうか。途中から気を遣ってしまい、記憶が朧げなのが悔やまれた。
「先程、乍の所へ行って来た」
「乍の所へ?」
何を、と言い掛けて思い出す。俺は金かで乍に売られたのだ。俺の所為で乍などに大金を払う羽目になってしまったのだと思い出し、浮かれていた気分がたちまち萎む。
「俺などの為にあんな大金を使わせてしまい、何とお詫びしたら良いか。俺の給金ではいつまで掛かるか分かりませんが、少しずつお返ししますから」
「要らぬ。あれはお前の為に出した金ではなく、あいつから髪飾りや襦裙を買い取っただけに過ぎない」
「そんな」
幾ら記憶が朧げだとは言え、乍たちとの交渉の件はきちんと覚えている。金三枚で売りに出されたのは銀細工や絹の衣だけでは無かったのに、芳さまは知らぬ顔をする。
「昨日も言ったと思うが、俺はつまらない男だ。知っての通り賭事も色事もやらない。ここで長年そんな暮らしをしていれば金など余るだけだと分かるだろう。それを幾らか手の中の玉を磨く愉しみに遣った所で罰は当たるまい」
他の者ならいざ知らず、芳さまに玉と喩えられて何も思わない俺ではなかった。室内は薄ら肌寒い位だと言うのに、みるみる内に頬が熱くなる。
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