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七草がゆ01

「智紀、私は風邪などひいてないが?」  頬の筋肉をひくひくさせて、道元坂がテーブルに置かれた七草がゆを見下ろしていた。  中国からの一時帰国した道元坂。日本にある会社の仕事を片付けるために戻ってきたらしい。明日の午後にはまた、中国に出立するとか。  昨晩、道元坂からラインで『明日の晩は帰る。自宅で待て』とだけ入っていた。  てか、犬じゃねえんだからさあ。「待て」はないだろう! 「待ってろ」とか「家にいてくれ」とか。「お前の夕飯が食べたい」とか、言えよ。「待て」はちょっと……。  ほくほくと湯気の立ち昇るお粥を道元坂が、納得いかない顔をして眺めていた。 「七草がゆ。知らねえの?」 「なんだ……それは?」 「1月7日に食うんだよ。本来は前日の夜に『七草なずな 唐土の鳥が、日本の土地に、渡らぬ先に、合わせて、バタクサバタクサ』囃子歌いながら、七草を叩いて切っておいて、翌朝に粥に入れて食べるんだ。でも、道元坂は夜に帰ってきたから、夜に粥にした」 「ほう」と道元坂が眉をあげて、ダイニングの席についた。ネクタイを緩めて、スプーンを手に持った。 「日本では、邪気を払い万病を除く占いとして食べるほかに、御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もあるんだ。中国では『人日』といって『人を殺さない日』が旧暦の1月7日にあたる。その日は「七種菜羹」という7種類の野菜を入れた羹(あつもの、とろみのある汁物)を食べて無病を祈る習慣があるらしい。道元坂は、中国で仕事してんだろ? ゲン担ぎもあるし、今夜は七草がゆにしたんだ」  俺の話しを聞いてから、道元坂がフッとほほ笑んで粥を一口食べた。おいしかったようで、何も言わずにもう一口、口に運んでいた。  道元坂はおいしいと思うものしか口にしない。それは俺が作っていても同じだ。口に合わないときは食べない。稀にだけど。  お粥も最初は嫌そうだったが、気に入ったようだ。良かった。出汁に力を入れたんだよ。あっさりし過ぎても、風邪のときに食べるみたいで嫌がるって思ったから。

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